闇の列車、光の旅

自立心が旺盛で真っ直ぐなサイラ(パウリナ・ガイタン)と、サイラに慕われて「おまえはわかってない、俺は終わってるんだ」と頭を抱えるウィリー又の名をカスペル(エドガル・フローレス)が魅力的だった。また、列車の屋根の旅は、危険だし、雨だと寒いし、乗っている人たちは大変なんだけど、木の枝に当たったり、果物を投げてもらったり、石を投げつけられたり、丘の上のキリスト像を見て十字を切ったり、見飽きることがなかった。
それにしても本当にやりきれない嫌な映画だった。どんな悲劇も「任せなさい」という感じでフィクションにはめっぽうタフな私でも、このメキシコのギャング組織には凹まされた。リルマゴ(テノッチ・ウエルタ・メヒア)が率いる一団に入るには、まず焼きを入れられる。殴られ蹴られ、それに耐えた者が「仲間」になれるんだけど、ぜんぜん「仲間」という感じがない。親分子分の人間的なつながりが感じられない。リルマゴが殺されて、本当に悲しんでいる者が一団の中にいるのだろうか。裏切り者を殺すのは見せしめだ。絆がないと掟が全てだ。対立する組織への牽制ってこともあるだろうけど。対立する組織の者たちも、貧しさから悪事に手を染めた「仲間」のはずなのに。そして、そういうギャング組織に進んで加わりたい子供たちがいるのも無理からぬ話というのがわかるゆえに、やりきれないのだ。
あああ、『ザ・タウン』が懐かしい。町を出ても不法移民でないってお得。
(2011/04/09 あたご劇場)

「闇の列車、光の旅」への4件のフィードバック

  1. 「見飽きることがなかった」のに「本当にやりきれない嫌な映画」で「無理からぬ話というのがわかるゆえに、やりきれない」・・・全く同じです。
    今はまだ程度が相当違ってると思いますけど、基本的には日本もこういう方向へ向かってると思うので余計に・・・。

  2. 殺伐としていましたよねぇ。カスペルが本名でウィリーは偽名だろうけど、ウィリーの方が彼らしいですよね。
    日本をこういう方向へ向かわせないためにも私は選挙権を行使しているのですが、投票率低すぎです[E:despair]。

  3. お茶屋さん、こんにちは。
    今日付けの拙サイトの更新で、こちらの『闇の列車、光の旅』を
    いつもの直リンクに拝借したので、報告とお礼に参上しました。
    「絆がないと掟が全て」になるというのは、“組織”の宿命ですよね。
    そこに光はなく、そんな闇の列車に乗って行き着く先にも、やはり光はない気がします。
    絆というのは、困難な状況にあればこそ、常にも増して必要で、大切なものです。
    掟がそれを損なわせないことが大事なのだと思うにつけ、
    なんでもかんでも法条例化したり、厳罰化に向かうのは
    やはり間違っているような気がします。
    どうもありがとうございました。

  4. ヤマちゃん、直リンク、ありがとうございます。
    「困ったときはお互い様」とか「情けは人のためならず」とか、どこへ行っちゃったんでしょうね。多分、フランスら辺へ行ったんだと思います(笑)。
    絆が失われてきたから厳罰化に向かうのか。厳罰化に向かうから絆が失われるのか。どちらにしても、あまり縛りのないゆるゆるの社会の方がすごしやすいですよね~。ベクトルは逆方向へ向いてますが(^_^;。みんな、不安をあおる報道に乗りすぎや~。「改革には痛みを伴う」なんてのにも乗せられて、反省も検証もないから同じことの繰り返し。もう日本人やめて、宇宙人になりたいです~。(愚痴ってすまぬ(^_^;。)

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