標的の村

上映会の前後に高知新聞が「沖縄のSOS受けとめて」「沖縄の苦しみ思い涙」という見出しで記事にしていたし、近年の自主上映会にしては大入りの400人を動員したらしいので、ご存じの方も多いと思う。米軍のヘリコプター離着陸施設(ヘリパッド)の建設に反対し、座り込みを続けていた高江地区の住民が通行妨害で国から告訴されたことと、オスプレイの配備に反対する県民が、米軍基地の出入口を封鎖したことをメインに据え、沖縄の人たちの主張がないがしろにされ、いかに手も足も出ない状況に追い詰められているかを描いたドキュメンタリーだ。

上映後、「DVDがあったら買うて、知り合いに配りたい。」という声を耳にした。それだけ人を動かす力のある作品だ。初めて知ったことを他の人にも知らせてあげたくなるのだろう。私もベトナム村を知って衝撃を受けた。ベトナム戦争中だったアメリカ軍は、風土が似ているという理由で高江にゲリラ訓練用のベトナム村を作り、当地の人たちを徴用してベトナム人役をやらせたというのだ。作品名は、このことと、日本に復帰後の現在でも軍事訓練における目標とされるのではないかという高江の人たちの感じている恐れから付けられたものだと思う。

それにしても、ヘリパッド建設の請負業者や米軍基地前の警察官と対峙する一触即発の(高知なら流血沙汰になっていたかもしれない)とき、沖縄の人たちはあくまでも話し合おうとする。忍耐強いからというだけではなく、暴力は無益だと知っているからだろうし、自分の言葉を持っているからだと思う。普段から自分の頭で考えているから言葉にできるのだろう。

私は最近、知らないでいること、無関心でいることは、罪深いと思うようになった。沖縄の人たちを苦しめているのは、日本政府であり、それをめったに報じないマスコミであり、知ろうとしない私たちだ。『標的の村』は、そんなことも考えさせてくれる作品だった。

(シネマスクウェア 2014年2月号)

「標的の村」への2件のフィードバック

  1. お茶屋さん、こんにちは。

     すっかり遅くなってしまいましたが、過日の拙サイトの更新で、こちらの頁をいつもの直リンクに拝借したので、報告とお礼に参上しました。

     最近の沖縄を巡る情勢を観るにつけ、沖縄を標的にしているのは、決して米軍だけではなく、アメリカにぶら下がっている本土のエスタブリッシュメントたちであることが痛感されます。

     こちらに書いておいでの最終段の重みは、一年前よりもずっと増してますよね。県知事選後、特に。

     どうもありがとうございました。

  2. ヤマちゃん、リンクとコメント、ありがとうございます。
    沖縄のことを考えると民主主義が身につくように思います。
    せっかく選挙で民意を示しても、警察は中央集権だから座り込みしている市民を引きずって排除するし。スラップ裁判の判決をみると、裁判所も公正とは思えないし。裁判員裁判は行政裁判にこそ必要なんじゃないかなあ。誰がエスタブリッシュメントになってもいいように制度自体を変えていく必要があるように思います。

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