ハドソン川の奇跡

これぞアメリカ映画という感じ。
さらりと人間賛歌を撮ってしまうイーストウッド監督、おみごと。
ハドソン川への不時着が一人の犠牲者も出さずにすんだことがわかっていても手に汗握ったし、着水後、機長のサリー(トム・ハンクス)が飛行機の最後尾座席まで確認したものの、そこは既に水がまわっていて一抹の不安がよぎるのもうまい。全員無事とわかって安堵するサリーの気持ちにシンクロできた。乗客も老若男女様々な状態の人がいて、その人たちの命を預かる仕事の重責をひしひしと感じた。
付近で働く人たちが不時着を目撃して、それぞれの判断で救助に駆けつけるのも頼もしかった。

事故調査委員会が、近隣の飛行場に着陸できたのにハドソン川への不時着を選択したのは、かえって乗客を危険な目に遭わせたのではないかとサリーを問い詰めるのは、サリー自身想定内のことだったのだろう。だから答えも用意されていた。ただし、機械のシミュレーションによれば飛行場に着陸できたとまで言われるとサリーの確信も揺らぐ。そのときは「これしかない」と判断しても、その判断は正しかったのか誠実な人間なら自問を繰り返すだろう。そのうえ、道を歩けば英雄あつかい、調査委員には容疑者あつかいで、心の支えは妻(ローラ・リニー)と同僚ジェフ(アーロン・エッカート)だけだ。そのへんのもやもや感が、ホテルと夜の街の描写で伝わってくる。

公聴会で決着が付くのもアメリカ映画らしい。公の場で主張でき、論理的で合理性があれば認められる。主張できる能力がないとアウト・・・という厳しさはあるけれど、それも含めてアメリカらしいと思ってしまう。
ニンゲンであるが故に迷いがある、迷いも含めてシミュレーションしてほしいというサリーの主張には合理性があった。機械的な処理や判断は効率的でよいが、そこには「ニンゲンらしさ」がない。
公聴会のシメ、ジェフの一言もユーモアがあってよかった。こういうセリフもアメリカンだ(^_^)。
一人の悶々とする人間に焦点をあて、ニンゲンらしさを描いた作品、昔ながらのアメリカ映画だ。
(2016/09/24 TOHOシネマズ高知9)

「ハドソン川の奇跡」への2件のフィードバック

  1. お茶屋さん、こんにちは。
     先の拙サイトの更新で、こちらの頁をいつもの直リンクに拝借したので、報告とお礼に参上しました。

     本当に、昔ながらのヒロイックで判りやすいアメリカン・テイストが実に興味深い映画でした。次は夏に、なんていう台詞は他の国の映画では、先ず滅多に出くわすことがありませんよね。

     どうもありがとうございました。

  2. ヤマちゃん、リンクとコメント、ありがとうございます。
    イーストウッド監督は、さらりと何でも撮りますねぇ!
    『スペース・カウボーイ』なんかも好きだなあ。
    アメリカ映画のユーモアはナイスです(^_^)。

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