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きまぐれ日記11月12日
『太陽は、ぼくの瞳』


風邪を引いてしまい、せっかくの土日の休日を家で寝てすごし、『漂流街』『悪いことしましョ!』を観ることが出来ませんでした(涙)。今月は観たい自主上映作品がたくさんあるし、来月になると早くもお正月映画が封切られるし、この土日でこなしておきたかったなぁ。

『太陽は、ぼくの瞳』は9日(木)に観まして、「これって、イランでは問題作では?」と思ったりしています。なぜそう思ったかというと、イスラム圏では何ごとも「インシャラー(神様の思し召しどおり)」のはずなので、自分の不幸を嘆くあのお父さんは「神を呪う不届き者」とされているのではないかと思った次第です。
それともイランの人々は、あのお父さんが「神を呪う不届き者」だから、息子に先立たれるという人生最大の罰を与えられたのだと受けとめ、映画としてはそれほど異端ではないのでしょうか?または、あのお父さんのように不幸を嘆く(神を疑問視する)人々は結構存在していて、映画として共感を呼んだりするのでしょうか?イランでどういう受けとめられ方をしたのか知りたいところです。

それにしても、登場人物の性格が脇役に至るまで浮き彫りにされていましたね。特にあのお父さん、怖かった〜。息子がいなくなることを願っているところ、怖すぎです。でも、決して鬼のような父親に描かれているわけではなくて、ものすごく可哀相な人でもあります。
目が見えなくても、その手に触れることで自然(=神)を感じることのできる息子と、物音にびくびくしている父親との対比は可哀相すぎますな〜。

おしまいに、この映画の中の地理はいったいどうなってるんですかね〜?高い高い山の奥の奥の村から海が見下ろせるとは?山を越えたところに村があるのか。それにしても川からいきなり海になったラストは、少なからず興ざめでありました。


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