
事件や事故と隣り合わせの、ドラマとコメディが入り交じった日常を客観的に描いて、映画的美しさを兼ね備えている。私たちの日常は初めてのこと尽くしであり、誕生、結婚、病気、死別、不可思議などの事柄はもちろん、たとえ習慣化された平凡な日であっても昨日とは違う。一日一日は発見に満ちた愛おしいものだ。喜怒哀楽やその他の感情の渦中にいると気づかないそんなことを遠景、俯瞰、夜間のガラスの映りこみ、ヤンヤンの撮った後ろ頭の写真、印象的な台詞などで気づかせてくれる。映画を作るという仕事は、生きているってことの意味を観客の一人一人に届けることなんだという心意気にも感動した。
スケール感といい、印象的なカットやシーンがたくさんあって、映画史に残る(残したい)素晴らしい作品だと思うが、二十数年ぶりに再見して覚えていたのはヤンヤンの撮った後ろ頭の写真だけだった(^_^;。人生のカンフル剤として十年ごとくらいに観たいものだ。
(2026/02/23 キネマM)
わたしも随分前にに観た記憶があるんですが
内容をほとんど覚えていません。
男の子がモノスゴク元気だったのと
日常の風景に透明感があってきれいだったのとくらいで。
たまたま録画で観た『クーリンチエ少年殺人事件』で
ビックリ仰天! この監督さんの映画で観られるものは
なんでも観ようと思ったのが、「ヤンヤン」を観にいった
きっかけだったと思うんですが…
ヤンヤンの撮った「うしろあたま」くらい覚えててもいいのにね(残念)
男の子はヤンチャなのに、なんかすごーく静かに観て
そのまますぅーっと記憶の底に沈んじゃった
そんな映画だった気がします。
でも、そこが良かったのかも(作り手の持ち味
ごめんなさい。名前書き忘れました。
ムーマさん、いらっしゃいませ。
そうなんですよ、「よかった」という記憶だけで何も覚えてなかったので、何が「よかった」のか今回は確かめに行ったんです。
あまりにも淡々と日常が描かれているため(殺人も起こるんですよ)、記憶に残らなかったのですね。印象的なカットやシーンはふんだんにあるのですが、ふんだんにありすぎて覚えられないのでしょうか???「うしろあたま」も観ているうちに、「あったあった」と思い出したくらいで、それまで完全に忘れてましたもん;;;。
内容だけでなくシークエンスの繋ぎも映画らしい繋ぎ方がたくさんあって、映画的魅力もいっぱいなんです。エドワード・ヤン監督の遺作だそうです。
『嶺街少年殺人事件』(←変換された!)もよかったですよね。でも、「よかった」という記憶だけ(^_^;。ものすごく「間」のある作品でしょう?この監督さんの特徴かも。>間と客観描写←持ち味