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■くりからもんもん>死者と生者をつなぐ映画(3) |
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お盆に3ページをいっぺんにアップする予定だったが、なかなか思いどおりにならず、気がつけばお彼岸の時季が迫っている。でもまあ、この最後のページをお彼岸までにはアップできるということで、一応の格好はついたかな。 さて、ここでクイズです。以下に書かれた人は誰でしょう? その人は、小さい目に大きな眼鏡をかけていて、髪の毛はモワモワ、やさしく温かい雰囲気。医者の息子で裕福に育ったのかピアノが弾けて、自らも医者になりかけた。若い人を主人公に映画を撮ることが多く、他の日本の監督が資金提供者を探しあぐねているなかで、プロデューサー(妻でもある)の敏腕に支えられ着々と撮り続け、「愛される映画」と「愛すべきトホホな映画」をたくさん生み出した。なかでも「尾道3部作」は「愛される映画」の筆頭であり、映画の舞台となった場所に詣でる若者が後を絶たないという。 |
ぐずでのろまなカメの堀ちえみ、じゃなくて実加(石田ひかり)は、依頼心が強く姉(中嶋朋子)が頼りの中学生だ。ところが、その姉が通学途上で事故に遭い死んでしまう。突然のことに呆然とする実加だったが、そんな世話のやける妹を心配した姉は成仏できず、傍らでアドバイスをしたり慰めたり励ましたり。やがて実加も高校生になり自立できるようになる。そして、その時が本当に姉との別れのときなのだった。 (1991年:原作=赤川次郎) |
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離婚して妻子と別れ、生きる意味を見失った原田(風間杜夫)が、子供のとき事故で亡くした両親(片岡鶴太郎と秋吉久美子)に出遭う。両親は懐かしく温かく彼に接し、彼もふれあいを求めてたびたび両親のもとへ通う。一方、同じアパートに住む女(名取裕子)と深い仲になっていた原田だったが、原田に冷たくされ絶望した彼女はついに正体を現した。彼女は自殺していたのだった。そして、怨霊となって彼を取り殺そうとする。彼を生かそうとする異人と、殺そうとする異人。かろうじて命を取り留めた原田は、両親に手を合わせながら何を思ったのであろうか。 (1988年:原作=山田太一) |
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尾道沖で船が遭難し、行方不明になってから数ヶ月がたった頃、残された家族や友人、恋人のもとへ不思議な手紙が届いた。「今夜午前0時、呼子浜で待っている。」遭難した○○からだ!誰かのいたずらか?さまざまな人の様々な思いが交錯し、確信を持った者、疑心暗鬼の者が集まった呼子浜に遭難したはずの船が現れた・・・・。 (1995年:原作=赤川次郎) |
●大林宣彦型 大林宣彦型といっても、上記の作品にはそれぞれ原作があり、おそらく原作者の思いが色濃く反映されているので、厳密にいえば原作者型かもしれない。しかし、便宜だけで大林型と言っているわけではない。なぜなら『時を駆ける少女』の深町君(だっけ?)が消えて行った先は黄泉の国と考えてもおかしくないし、『漂流教室』は親の愛が子供たちを救った(死に返し魂=死者の霊を呼び戻す)というふうに見えなくもなかったからだ。(あ、まずい、どちらもやっぱり原作がある ともかく大林作品には愛がある。それは死者と生者をつなぐためになくてはならない感情である。 『異人たちとの夏』で、女の怨霊に原田は、「愛していたのじゃなかったのか!?(もし、そうなら取り殺そうとはしないはずだろう?)」と訴える。しかし、怨霊は「甘いことを」と言って恨み積年である。つまり、彼女は恋人に裏切られ自殺し、その寂しさを埋めるために原田と会っていたのだから、原田の両親のような類の愛ではなかったのである。このような死者とは生者はつながりたいとは思わないだろう。 やはり、『ふたり』の姉のように愛するのが、死者の生者に対する理想的な愛ではないだろうか。また、妹は自立し、姉の助けが必要でなくなるわけだが、彼女の中から姉の思い出が消えるわけではなく、忘れていたことまでも思いだそうとして、姉のこと、姉とのことを書き綴ろうとするラストになっている。これは生者の死者に対する理想的な愛ではないだろうか。 『あした』では、死者と生者のそれぞれのあしたのために、別れを告げて区切りをつけることが必要だということが描かれている。登場人物が多く、それぞれの人生の一片を描こうとして少々散漫になった作品だけれど、呼子浜に結集する人々の思いには死者に対する愛が感じられる。 以上、3本とも原作には、もちろんこのような愛が描かれていたことだろうが、大林型となることによって、その愛は増幅したと思う。大林型の特徴は、時にベタベタになるほどの愛が込められていてることではないだろうか。 2001/09/02 |
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