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只今、殺人事件の容疑者の妹にスポットを当てた『誰も守ってくれない』が公開中ですが、数年前には殺人犯の弟を主人公にした『手紙』という作品がありました。この『手紙』について、当サイトの掲示板において歴史的に盛り上がった遣り取りを転載します。転載ですから無修正です。「無修正」・・・・・。映画ファンにはいい響き(笑)。
大長編で読み応えバッチシ。とても為になると思うのでオススメです。(少なくとも私は大変為になりました。四季さん、ケイケイさん、灰兎さん、ヤマちゃん、ありがとねー!)
ちなみにあとがきもあります。


兄弟対決お茶屋 - 2006/11/03(Fri) 23:09 No.260

  『雪に願うこと』兄(佐藤浩市)、弟(伊勢谷友介)と『手紙』兄(玉山鉄二)、弟(山田孝之)を見てきました。両方に共通する出演者、吹石一恵はばんえい競馬の騎手も会社重役のお嬢様もよかったです。
で、兄弟対決は、リアル度で『雪に願うこと』に軍配を上げたいと思います。小泉今日子は佐藤浩市と夫婦かと思っていたら、厩舎の賄いのおばちゃん役でした(驚)。まあ、心は夫婦かもしれませんが。

以下、『手紙』についての異議申し立てなので、気に入っている方はご注意を。でも、気に入っている方にこそ読んでほしいな〜。

『手紙』は泣ける映画ですが(確かに私も泣いた)、差別を正当化していることにワタクシ、大いに怒りました。兄が犯罪者であるため、弟はアパートを追い出されたり、就職で差別されたりするのですが、それは当たり前のことだそうな。人は犯罪者や犯罪につながる人から離れていたいと思う、いわば防衛本能があるからという理屈です。(よく知らない相手だから警戒するだけならまだしも、差別するのは過剰防衛だと思います。)
おまけに差別されている弟に向かって差別した当の本人が、自分を理解してもらい繋がる人(味方)を増やして行きたまえなどと励ましています。(それっていじめられている人に努力したらいじめられないよと言っているようなものではないですか。)
そんなわけで、差別を正当化していなかったら、まあ、出来がよいとは言えないにしても、身内におつとめしている者のいるつらさと、切っても切れない血のつながりを描いた映画として、泣かしてもらいましたと素直に言えたのにね〜。

もーねー、『手紙』のことはきれいサッパリ忘れて、『雪に願うこと』のあの願いが込められた雪だまを思い出しながら就寝いたしますわ。 おやすみなさい〜。

Re: 兄弟対決四季 - 2006/11/04(Sat) 01:10 No.261

さいデスかー・・
たったいまさっき「手紙」の原作を買ってキタのデスが(゜σ・・゜A``
まー
この原作者、あんましフカブカなコトわ描けません(←わたくし感想)
面白そうなプロットを思いつくのわお得意なのデスがねー

じゃー
お茶屋さんの異議申し立てを確認すべく
原作を読んでみましょー(*' '*)b♪
映画のほーわ、デスノート優先でー

Re: 兄弟対決お茶屋 - 2006/11/04(Sat) 16:58 No.262

さすが、(読書の秋だけじゃない)読書の四季さん!
原作が気になっていたので丁度よかったです。
どんなだったか教えてね。

『デスノート』は、やっぱり大盛況みたい。
初日の前日時点で2回目の上映まで、残り席が半分だったもの。
来週は高知県立美術館ホールで「シネマ&ミュージック」映画特集がありますが、行きますか?

「シネマ&ミュージック」
http://kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/cinema_music/cinema_musicnewpage3.html

Re: 兄弟対決四季 - 2006/11/05(Sun) 01:54 No.263

原作読みました

わたくしも茶ーさんと同様「怒り」を感じました(キ▼‥▼;)凸
主人公が差別されるコトを「ダメ」とゆー場面が
どこかにあるはずとゆー希望を持ちながら読みましたが
最後までないのデスヾ(*T‥T*)〃;;;
もちろん安易な結論を望んでいるワケじゃー無いけど
最後の「イマジン」が歌えない・・あの場面で
作者わ、「イマジン」の意味を否定しよーとしたのかとさえ思えて
(映画のラストシーンは知らないケド)
あの社長の扱いで、すべてが決まってしまいますにょねー(キ▼‥▼;)凸

由美子や、寺尾の存在が救いをもたらしますが
ソコを「特異」なふーに描いたらダメ
ソッチがふつーなのだとゆー方向に行かなくちゃ大勢に見せるモノとしての
ココロザシを問われると思いマス(* ̄‥ ̄)b

『手紙』ネタバレです。お茶屋 - 2006/11/05(Sun) 15:21 No.264

原作もそうでしたか(やれやれ)。
映画には「イマジン」は出てこないです。
弟はお笑いを目指しているのです。原作では歌手を目指しているのだそうね。
「テラタケ」という寺尾とのお笑いユニットで、結構いいコンビでしたよ。間の取り方とか上手いです。
最後の山場は、お笑いから身を引いていた直貴が、刑務所への慰問に臨時ユニットを組んで、そのステージの上から「切っても切れない」兄との絆を笑いに織り交ぜて伝えるというものでした。それはいいのだけどねぇ。
由美子(沢尻エリカ)も寺尾(尾上寛之)もとってもよかったですけどねぇ。
あの社長だか重役(杉浦直樹)がぶち壊し・・・・。

>ソッチがふつーなのだとゆー方向に行かなくちゃ大勢に見せるモノとしてのココロザシを問われると思いマス(* ̄‥ ̄)b

四季さんに全く同感ですわ〜。
あと、気になっていたのは、兄は窃盗に入って、帰宅した人を誤まって殺したわけで、殺意があったわけじゃないから強盗殺人とは言えないのに、無期懲役って刑が重いように思いました。映画では裁判での弟の証言が有利に働かなかったような描写がありましたが、原作はいかがでしたか?よかったら教えて〜。

Re: 兄弟対決四季 - 2006/11/05(Sun) 23:15 No.266

兄の量刑についてわ
原作のほーでわ、ほとんど触れてなかったと思いマス
裁判で証人として弟が証言したのも「思い出し」形式で
チョット書いてるダケだったと思いマスにょー
そーゆった意味からも原作者わ
「ヒトを殺した」その罪だけに焦点をあて
どんなに情状酌量があろーが殺意がなかろーが
その罪わ「家族まで差別されても当然だ」とゆーコトを
描きたかったのだろーと思われて
ソレをワザワザ映画にして見せるコト自体、ナンだか嫌な動きだと感じてしまいます・・

最後の刑務所慰問の場面わ
寺尾(原作でわ、元一緒にやってたバンドのリーダー)が
弟が兄を切り離さないよーにとココロ遣っての意図わ同じみたいねー?
ソレわ、わたくしも感動シマシタ
兄の被害者家族に送った手紙にもナミダを絞られました
そーゆった、いい場面もあるだけに
逆に作者の「差別」に対するスタンスが、多くのヒトに
知らないうちに刷り込まれそうで、ソレが腹が立ちました(キ▼‥▼A``

あ、そーそー
12日って、「シネマ&ミュージック」もアルケド
須崎の魚市場でナニかイベントがアリマスね!
アレもチョット心惹かれてるのにょねー(///‥//A``・・・

『手紙』 お茶屋 - 2006/11/06(Mon) 18:20 No.267

では、原作どおりだったのね。
量刑について、何も触れないので気になっていたのです。原作を端折ったかと思っていました。

>そーゆった、いい場面もあるだけに
>逆に作者の「差別」に対するスタンスが、多くのヒトに
>知らないうちに刷り込まれそうで、ソレが腹が立ちました(キ▼‥▼A``

そうなのよねー。
だから、異議申し立てがある者もいるぞσ(・_・)と、かるかんに残しておきたいのです。

>須崎の魚市場

よく知ってるねー!(私は知らなかった。)
どうやら川端通りに美味いもの市が立つみたい(^q^)ジュル。

では「手紙」、お茶屋さんに異議申し立て(笑) ケイケイ - 2006/11/08(Wed) 17:11 No.268

お茶屋さん、四季さん、こんにちは。
二人とも怒ってはったから、ドキドキしながら今日観て来ました(笑)。
長くなったので上げますね。すんまへん。

>おまけに差別されている弟に向かって差別した当の本人が、自分を理解してもらい繋がる人(味方)を増やして行きたまえなどと励ましています。(それっていじめられている人に努力したらいじめられないよと言っているようなものではないですか。)

の、杉浦直樹会長の言葉、私はまんま肯定です。
学校のいじめは私は転校賛成派ですが、社会に出てこういう場合は、いつも怯えて隠して暮らしても、そのことは追ってくると思うんですよ。卑下して小さくなれ、とは言っていなかったし、兄の犯した罪は、家族をも巻き込むことなんだということは、私が子供たちを育てる時、常に家族とはそういうものだと教えてきたので、あんまり違和感なかったです。会長の「ここから始まるんだ」というのは、自分の会社ならそれが可能だという事じゃないでしょうか?あそこまで言って、これから先は知らぬ存ぜぬはしないと感じました。杉浦直樹だし(笑)。
差別の肯定というより、厳しい現実をありのまま映しているように思いました。

スーパーは解雇、大手家電量販店は左遷ですが解雇せず、というのも、昔より差別は少しずつましになっていると、私は捉えました。私も在日韓国人という差別される側の人間ですが、私と言う人間を見て判断してもらうしかないと思っています。在日だからNGという人とは、ご縁がなかったんだと受け入れられますが、私は生まれた時からそうですが、この作品の弟は後天的に自分の身に降りかかったことなんで、隠したり自暴自棄になったり、その辺はとてもよく理解出来ました。吹越満の見せた態度は、弟への最大の労いだったと感じ、すごく心に残りました。

長いっすね、すみません(笑)。ここでこんなに長かったら、自分の感想はどんだけ長くなるねんと言う感じです(^^;)。

上げてくれて、ありがと〜 お茶屋 - 2006/11/09(Thu) 00:44 No.271

ケイケイさん、いらっしゃいませ。
書き込み、期待してましたよ〜(^_^)。

>ドキドキしながら今日観て来ました(笑)。

ドキドキさせてすみませんでした。
でも、サスペンスフルな感動作品になってよかったかな(笑)。

弟ナオキが差別されるところは、私も厳しい現実をありのままに描いているのかなと思いました。その厳しさに驚きでした。
会長にも「これから先は知らぬ存ぜぬはしない」でほしいと思います。

ケイケイさんが「私という人間を見て判断してもらうしかないと思っています」とおっしゃるように、私も会長にはナオキという人間を見て判断してもらいたかったな〜。兄が実刑囚とわかる前は、それなりに評価されていたのに、わかるとすぐ左遷でしょう。もし、すぐに左遷せず、ナオキの働き振りを見ていれば、「ここから始まるんだ」というのは不言実行だったわけですよね。会長は自分が「始める」時点を間違えていると思うんです。(ナオキからすれば、職場や住居を転々とするたびに「ここから始まるんだ」という気持ちだったでしょうね。だから、一所に落ち着いて人とのつながりを増やしていきなさいというのは理解できるんですよ。だけど、「兄が実刑囚とわかると人が離れていく」これをせてめ「兄が実刑囚とわかっても、とりあえず表面的にでも普通につきあってくれる」というくらいにしてもらえないと、「私という人間を見て判断してもらう」ことがずーーーっとできないままじゃないですか?そういう意味では解雇より左遷がましとは思います。)
う〜む、やはり私は、兄が実刑囚というだけで"本人を見ず"左遷する理不尽さを当たり前と言う感覚に異議申し立てを止めることはできないですねぇ。
それと、この会長の発言は、作品の位置的に、ナオキをアパートから追い出した管理人や、ナオキを娘と別れさせた重役(風間杜夫)などの"本人を見ない"で理不尽なことをする人たちを肯定していると思います。
そんなわけで、今のところ私の異議申し立ては変わりませんが、ケイケイさんの「どんだけ長くなるねん」な感想を読んだら、どうなるかわかりませんので〜。感想も期待していまーす(^o^)。

私もまだまだ甘かった(笑) お茶屋 - 2006/11/09(Thu) 01:08 No.273

自己レスです。

>「兄が実刑囚とわかっても、とりあえず表面的にでも普通につきあってくれる」というくらいにしてもらえないと、

兄が実刑囚とわかる前に、それなりにつきあっていてナオキがそれほど悪い人間じゃないとわかっている人もあるかと思うのですが、兄が実刑囚とわかった途端、手のひらを返すような態度をとられたら、もう私がナオキの立場なら、どーすりゃいいのよって感じです。

ちょっとここだけ ケイケイ - 2006/11/09(Thu) 08:22 No.274

お茶屋さん、おはようございます。
早速のお返事ありがとうございます。m(_ _)m
感想文を書く前に、ちょっとこれだけ(^^)。

>もし、すぐに左遷せず、ナオキの働き振りを見ていれば、「ここから始まるんだ」というのは不言実行だったわけですよね。会長は自分が「始める」時点を間違えていると思うんです。

会長がナオキの存在を知ったのは、左遷が理不尽だと感じた由美子の陳情があってからじゃなかったですか?大きな会社みたいだったし、普通は平社員の左遷くらいでは、会長の耳に届かないと思いました。わざわざ都心から離れた倉庫までナオキに会いに来るなんて、私は上の人間としては誠意のある人だと思いました。あの時点では、ナオキの人柄も由美子の手紙からの憶測でしかないし、鶴の一声で元の職場に戻っても、反って人間関係で気まずいかなとも思いました。
私の読み違えだったら、すみません。

では今日はお仕事お休みなので、少しでもお茶屋さんの気が晴れるよう、頑張って書きたいと思います。(^^)v。

もう感想をアップされたかな? お茶屋 - 2006/11/09(Thu) 20:10 No.275

>私の読み違えだったら、すみません。

いえいえ、読み違えてないと思いますよ。私の言葉が足りないだけで。あるいは回りくどい言い方だったな(^_^;?。それとも間違いだったかも。本当にスミマセン(ぺこり)。
また、会長が誠意のある人というのを否定する気もありません。杉浦直樹だしぃ(笑)。
「会長がナオキの存在を知ったのは、左遷が理不尽だと感じた由美子の陳情があってから」「大きな会社みたいだったし、普通は平社員の左遷くらいでは、会長の耳に届かない」というのもわかります。

私の真意はですね〜。
会長本人があの人事は間違ってなかったと言っていますよね。ですから、会長は差別人事をした側の人(あるいは差別人事を是とする側の人、いわば差別する側の人)だと思います。その人が、その非を認めずに、非のないナオキに向かって努力したまえというのは変な話だってことです。←このことが私の言いたいことなので、それをわかってもらえれば満足満足。「会長は自分が「始める」時点を間違えていると思うんです。」と書いたのはそれなりの理由はあるのですが、瑣末なことのように思えてどうでもよくなりました(^_^;。というのも失礼かもしれないので、理由を書きますね。でも、突っ込みは核心である上の真意の方にしてくれるとありがたいです。

理由
私は会長に人事権か、人事に影響力があると思っていました。もし、そういう力がなくても役員の考えは社風に反映されるので、ああいう人事になったのだと思いました。会長に差別意識がなければ、最初から"本人を見る"人事が全うされていたであろう、また、そうするべきであったと思いました。以上。

ケイケイさん、今日も力尽きたで〜〜(笑)。

私も燃え尽き症候群(笑)。そしてネタバレ ケイケイ - 2006/11/09(Thu) 21:10 No.276

お茶屋さん、アップしました。
私の方も、これで私の真意が汲み取ってもらえるか心配してます。
なので、非常に長いでので、しんどかったら最後の段落だけ読んで下さい。
それが言いたいがために、私も長々書きました(笑)。

>会長本人があの人事は間違ってなかったと言っていますよね。ですから、会長は差別人事をした側の人(あるいは差別人事を是とする側の人、いわば差別する側の人)だと思います。その人が、その非を認めずに、非のないナオキに向かって努力したまえというのは変な話だってことです。

了解しました(^0^)。
確かに「会社の人事は間違っていないと思う」と、直樹会長はっきり言ってました。
私もそこまで言うか、と思ったのは確かです。
由美子が「私たちの子だから、きっと跳ね返せるわ」と、自分たちの子供の教育方針のところで言うでしょう?あれは自分たちの血を引き継ぐ子だから、きっと大丈夫という意味ですよね。
そういう意味で言ったら、直貴には「殺人者」と同じ血が流れているわけですよ。
由美子の言葉は、そういう人の潜在意識を反語的に表していると思いました。
もちろん差別はいけないことです。いけないとは、みんなわかってるんですよね。
でも差別という方法で保身してしまうのが、人間の弱さだと思いました。

直貴は悪くないけど、自分の家族が罪を犯したら、大なり小なり身内も背負っていくものがあるとも、語っていましたよね。兄の罪はそこまで及んでいると。私はここに注目しました。家族の絆は、良い場合ばかりではなく、こういう形でも現れるんだと納得出来ました。だから直貴に直接非がなくても、一緒に背負うものは、私はあるはずだと思ったんです。家族とはそれも含めて家族なんじゃないでしょうか?辛いことですが、一旦受け入れてどうするか考える。そうすると、袋小路にもぐりこんだ先に、光明が見えるのではないでしょうか?会長はそれが言いたかったのかと(当社推測)。

差別を否定する人は画面には出てきませんでしたが、この作品を観て、もし直貴がそばにいたら、自分は絶対差別せえへんぞ!と、思った人、いっぱいいると思うんですよ。それが作り手の言いたかったことじゃないかと。←これが最終的に私が言いたかったことです(^^;)。

う〜ん、なんかヤマさんとこみたい白熱しておりますね(笑)。
燃え尽きましたが、いい汗かいた感じもするなぁ(^^)。

はじめまして 灰兎 - 2006/11/08(Wed) 21:44 No.269

お茶屋さん、四季さん、ケイケイさん、はじめまして&こんばんは。
私「手紙」の映画鑑賞後原作を読み、お邪魔させて頂きたくよろしくお願いいたします。

映画の感想は私もケイケイさんと同じ、杉浦直樹会長まんま肯定派となります。
そして原作を読んで、益々肯定したくなりました。
原作の感想は、1番重要なところが映画では省かれていたように思い残念でした。
原作では会長は2度出てきます。この2度目のお話があってこそ、弟はより現実的に深く自分や家族、そして兄や被害者の事を考え、手紙のやり取りを止め、被害者の元へ初めて出向く勇気がわいたと思うのです。
親のないまだ若き主人公を放置(笑)しておけなかったような、何しろ杉浦直樹だし(笑)。

お茶屋さんや四季さんのご意見も参考なり、嬉しかったです。有難うございます。
突然長々と失礼いたしました〜。

Re: はじめまして 灰兎 - 2006/11/08(Wed) 21:45 No.270

うわぁ〜〜、また新スレッド立ててしまった(汗)、すみません!!

Re: はじめまして お茶屋 - 2006/11/09(Thu) 00:52 No.272

灰兎さん、はじめまして&いらっしゃいませ。
お名前は私の巡回している掲示板でお見受けしていましたよ(^_^)。
書き込み、大変嬉しいです。ありがとうございます。
私は原作については読んでないので何とも言えませんが、映画の方についてはケイケイさんのお返事に書いたとおりです(力尽きました・・・(笑)。私にしては力作なんです。)。

>何しろ杉浦直樹だし(笑)。

そうですね。
杉浦直樹だから、ナオキへの労わりの気持ちに嘘はないでしょう!
会長としての今後に期待しています。
杉浦直樹が(私にすれば)差別を肯定する役をやるなんて〜と思ってショックでしたが、杉浦直樹だからちゃんとナオキを見てくれるだろうと思うことにしました(^_^)。

力尽きるって素敵(笑) 灰兎 - 2006/11/10(Fri) 02:17 No.277

お茶屋さん、皆さん、こんばんは。お返事どうも有難うございました。
そしてケイケイさん、お手数お掛けして、すみませんでした(^^;)

>杉浦直樹が(私にすれば)差別を肯定する役をやるなんて〜と思ってショックでしたが
わかります、すっごくわかります!私も鑑賞後、ちょっとモヤモヤておりましたから(笑)。

そんな時、息子がバイトしたときの事を思い出して、息子が雇用後に店長さんから聞いたお話ですが。
コンビニだったのですが、バイト採用の基準は偏差値○○以上という密かなるものがあったそうです。
いいかげんな人を雇ってしまって、お金や在庫の紛失被害が多く困り果てての採用基準だったとか。
(それが良いか悪いかは、この際省略させていただきます)
その事を思い出したら、ナオキの左遷は間違っていなかったかも?とそんな気が・・・・。
大手量販店では色々なトラブルがあるでしょうから、その度ナオキは疑われてしまったかもです。
左遷先はお金を扱わず商品は流通するだけですから、トラブルの可能性は低いように思うのです。
ナオキは販売成績が良かったので、何とか戻す可能性を探りに会長は来ていたかもしれません。
つまり杉浦直樹が堂々と「人事は間違っていない」といったのは、ナオキの感情からすると
辛い事になりますが、崖っぷちやある意味修羅場をやり過ごしてきた(笑)会長の思いやりかも〜。
やっぱ杉浦直樹だしぃ(笑)。

不躾な書き込みで、しかも深読みに走ってしまったかもしれません(汗)。
生意気だったら、ごめんなさいです(^^;)

はぁ〜 灰兎 - 2006/11/10(Fri) 02:23 No.278

ここの掲示板は書き込むと上にあがってしまうのですか?
知りませんでしたぁ〜〜〜〜!
下のまま動かないと思ったので、書かせていただいたのですが(汗)。
初心者って汗書きっぱなしです(笑)。失礼致しました!

Re: はじめまして 四季 - 2006/11/10(Fri) 06:16 No.279

ドコにお返事を書こうかと
迷っちゃいましたー(゜σ・・゜A``;;

ゆうべ、寝る前に覗いてみたら盛り上がってたので
寝られなくなっちゃいましたにょー
灰兎さんとケイケイさんのご意見も今朝も読み返したり
茶ーさんの渾身のレスも読ませてもらって
ヒジョーに思うところがアリマシタ

うーん・・・
わたくしわ映画わ観てなくて
ケイケイさんの感想を読んでみて
かなり原作と違ったニュアンスを感じました
あの、社長(ミンナ杉浦直樹にこだわってるのナゼ?)の言葉
わたくしの読んだのでわ
「兄が犯罪者だからって逃げないで正々堂々とするのは安易だ」
とゆーコトを社長わゆってました
「弟のムスメまでも差別されるのも含めてが」
「兄の犯罪の償いだ」
とゆーコトを、さも含蓄があるよーな風情で弟をさとすのデス

アト、あんだけ頑張ってる弟に対して
「まだまだ頑張りが足りない」かのよーな
差別されているものは、ヒトより頑張って生きるのが当然とゆー
マサに
「いじめはいじめられるほーが悪い」論理わ
むしろ、現代の「イジメに加担しやすい社会」を
安易に支援しちゃってるとも思いマシタ

ケイケイさんや灰兎さんのよーに
映画を観て「自分は差別しないよーにしよー」って思うヒトも居て
それわそれで安心しましたが
ヤッパし、社長の言葉に重きを置く作品の作りに
(意図が映画と原作で微妙に違ってるかも知れないケド)
強者の理屈をうまいコト押し付けてる作品とゆー感想デス

茶ーさんが、レスでチカラ尽きちゃったってゆーのも
そーゆー強者の理屈に歯向かっていたい
ちーさい人間の肩に重過ぎる課題を持った映画だったのデスねー

ヤッパし、「差別されてる人間わ」
「立派に生きなくては認められない」とゆー押し付けわ
どんなにきれーに描こうと
「普通に生きていたい」ささやかな望みを傷つける凶器を隠してる

そんなふーに朝っぱらから思うのだった・・・

Re: はじめまして 四季 - 2006/11/10(Fri) 06:54 No.280

そーそー
アノ社長(映画でわ会長?)の言葉で
結局、弟わ会社を辞めるのデス(原作)
社長わ、彼を引き止めませんデシタ

つまりわ、社長わ、弟を辞職に導いたのデス
「辞めろ」とゆわずにね・・・

コレ、杉浦直樹だったとしても(?)ズルくないー(゜σ・・゜A``?

差別といえば・・・ ケイケイ - 2006/11/10(Fri) 13:29 No.281

灰兎さんのレスを読んで、私もちょっと。
次男が一年くらい前に、前の会社を辞めたんですね。
それについては、いきなり辞めたいと言ったので、その会社には申しわけないとは思うんですが、まだ20歳前だったので、親と話がしたいというわけですよ。
それで私が電話しました。いわくそこの社長、

「在日韓国人を正社員に雇うとこなんて、うちくらいですよ。」
と、「きっぱり」仰るわけね。

私は別段怒りもせず、はあ〜はあ〜と聞いてました。
だってそこより5倍ほど大きい会社に、息子は転職が決まってたんで(笑)。
10年ほど前は、夜に在日の中高生が日本の友人と歩いていて、
日本の子だけ返されて、在日の子だけが補導されるとかもあったそうな。
要するに在日というだけで、犯罪を犯す確率が高いってことです。

そういう現場にいるとですね、
理不尽なことに怒っても、時間がもったいないんです。
怒る時間があったら、敵がぐーの音も出せないくらいの人間になる努力をする方が早いから。
だから映画の直貴にも、早くそのことに気づけと思いながら、観続けていました。

この作品は差別の肯定というより、ありのままの現実を映してたんじゃないでしょうか?
そこからどう脱出するかという、サスペンス(笑)。
四季さんのレスを読むと、やはり原作と映画は違うみたいですね。
週末は1回お昼寝を飛ばして観て下さいね(笑)。
きっとここの常連さん、いっぱい観はると思います(^^)。
うちの掲示板でも、ここのこと宣伝しときましたからねー。

Re:差別といえば・・・ 四季 - 2006/11/10(Fri) 18:25 No.282

>週末は1回お昼寝を飛ばして観て下さいね(笑)。

(*/__)/グェー;;
よーくわたくしの習性をご存知で;;
ホントにー
見てみなくちゃデスねー(゜σ・・゜A``

確かにケイケイさんのおっさる

>この作品は差別の肯定というより、ありのままの現実を映してたんじゃないでしょうか?

ってゆーのもワカルんデス
現実の社会(ニッポン社会しか知らないケド)わ
そーゆったふーだのデス・・
子供社会のいじめ蔓延わ、そーゆー大人社会の裏返しと思うのデス
タダし

ケイケイさん、『花よりもなほ』覚えてるでしょー?
アレなんかわとっても地味な作品だったケド

「ココロのクソを餅に変えるのデスッ!」ってy

アレ?勝手に送信されちゃった;; 四季 - 2006/11/10(Fri) 18:40 No.283

【さっきの続き】
「ココロのクソを餅に変えるのデスッ!」ってゆー
スローガンを
宮沢りえさんに何回も叫ばせて
訴えてくる

アレわ家族を殺されたいわば被害者家族のハナシにょねー?
あだ討ちのハナシだもの

コメディーにしてあったケド
あーゆー
「こーゆー社会のほーがいいよ」ってゆー
ココロザシが

果たして、『手紙』にわアルのだろーか・・・

「差別されるのは、当たり前」
「差別されないよーに生きろ」

アノ兄弟を、同情やむなしな兄弟に描けば描くほど

「ソレでも、差別されても仕方がない」ってゆー
深層心理を形成しないだろーか・・・?
とゆった

ヤッパし、大勢のヒトビトにモノを作ってみせる側のココロザシを思うと
ソレわ、個人的処世術だとかとわマタ意味が違ってしまって

単に
「どんな理由があろうとヒトを殺したら、こーなるぞ」
ってゆーコトを言いたいモノになってしまわないだろーか?
なーんてコトを思っちゃいマス(キ▼‥▼A``
ソレって
『デスノート』のキラ様とおんなじじゃないのー?

(あ!『デスノート』も見なくちゃだものー!)

嗚呼・・・明日わ、昼寝要求200%以上だのデスが
ナンとかハシゴを模索シテ見マス・・・(゜σ・・゜A``

夕に力尽き、朝に復活するのだ(笑) お茶屋 - 2006/11/10(Fri) 23:51 No.284

や〜、皆さん、どうもどうも。
当サイトの歴史の1ページになりますよ、これは!
というか、現在進行形の歴史ってことでハヤバヤと付け加えました。ご覧ください。
http://cc-kochi.xii.jp/front/bow-rekisi.html

相互理解のためには、言葉を尽くすことが大切だし、この問題は話し合う価値があるし、ケイケイさん、灰兎さん、四季さんと、皆さん、思い遣りを持って書き込んでくださるので安心してお話できるし、この盛り上がりを大変嬉しく思っております。

 >ケイケイさん
感想を拝読して思うに、ケイケイさんと私の違いは、「差別を受け入れて、強く生きていく」と「差別には異議申立てをし、無くしていきたい」ではないでしょうか。正直言って私の生き方は疲れます。それほど、世間には差別とか差別意識とか多いです。自分を怒りの塊のように感じ、寿命を縮めているな〜と思います。70くらいで死ぬんじゃないかな〜。百歳くらいまで生きたいのに。
処世術としてはケイケイさんの生き方がいいかもしれませんね〜。でも、私はドン・キホーテで行きますわ(笑)。

>そういう意味で言ったら、直貴には「殺人者」と同じ血が流れているわけですよ。
>由美子の言葉は、そういう人の潜在意識を反語的に表していると思いました。

なるほどぉ。鋭い!

>だから直貴に直接非がなくても、一緒に背負うものは、私はあるはずだと思ったんです。

いっしょに背負うということは、身内が犯した犯罪の被害者に対して罪悪感を感じて謝罪したり、被害者がなくなっている場合は冥福を祈ったりということかなと想像しました。もし、そういうことであれば理解できます。自分の子どもが罪を犯したら、その気持ちはなお強くなりそうです(想像)。そんなわけで、自ら一緒に背負うとおっしゃるケイケイさんの考え方、生き方は尊重したいと思います。

でも、それを一般化するのには反対です。(ごめんなさいね。ケイケイさんは、「他の人も家族の罪は一緒に背負うべき」とは一言も書かれてないのに先走って。ただ、そういうニュアンスを感じてしまったもので・・・。誤解があったらそうおっしゃってください(願)。)

なぜ、一般化するのに反対かというと、非のない者が罪を背負う道理はないと思うからです。直貴は被害者の遺族に謝罪してもいいし、しなくてもいい。家族と一心同体感が強いと、謝罪したくなるでしょうけど、道理からすると謝罪しない人も認め、尊重したいと思います。

そのように思っているワタクシですから、直貴に対して、背負うべき道理のない重荷を背負わせようとする会長を快く思えるわけがないことはご理解いただけるかと思います。ましてや差別されることを含めて、加害者の家族が背負って当然というような言われ方をされた日には、差別を無くしたいと思っている私が怒るのは無理はないと我ながら思いますです。(「君に謝ってもらういわれはない」と言った被害者の遺族の描き方、よかったですね。道理もわかっているし、思い遣りもある!直貴の謝罪を受け入れるまでは心がほぐれていない感じもリアリティがありました。)

>この作品を観て、もし直貴がそばにいたら、自分は絶対差別せえへんぞ!と、思った人、いっぱいいると思うんですよ。

それは私もそう思います。映画を見る人に悪人はいないぞー(^o^)。
私もケイケイさんと同じ思いなので、僭越ですが「自分は絶対差別せえへんぞ!」というのを補強させてください。
「差別をしないぞ」という思いだけでは不十分で、「常に意識して論理的に思考すること」が必要だと思うんですよね。感情だけでは知らないうちに差別する側に回っていたりするものでして。
私自身、常に意識して論理的に思考する域に達してないので、自戒をこめて記しておきたいと思います。

 >灰兎さん
そうなんですよ、新しい書き込みのあるスレッドは上がるんですよ。どんどん上げてくださいね。
灰兎さんもモヤモヤしてたんですか。嬉しいな〜(^_^)。

>その度ナオキは疑われてしまったかも

それは私は心配してないんですよ。
直貴が心を開いて、それこそ会長の言うように寺尾や由美子のような理解者を増やしていけば、職場で疑われるようなことはないと思うんです。左遷はその職場で信頼関係を築いていくチャンスを奪ったと思うんです。直貴は左遷先からまた「始める」ことになっちゃいました。

 >四季さん
今夜も渾身の書き込みです(笑)。
でも、あんまり力尽きてないのは、明日が休みだからかな。

>嗚呼・・・明日わ、昼寝要求200%以上だのデスが
>ナンとかハシゴを模索シテ見マス・・・(゜σ・・゜A``

四季さん、無理しないでね。映画もこの掲示板も逃げませんから。って、この掲示板はどうかな・・・・。逃げるときは逃げるかも(笑)。

ネタばれ(前もそうだったかも) 灰兎 - 2006/11/11(Sat) 01:27 No.285

お茶屋さん、みなさん、こんばんは。

映画と原作では、兄の殺人事件の殺害方法などいろいろな違いがあります。
映画の方が同情的になれて、大衆向けな感じがしました。
私はこの原作をよく映画にしたな〜と思っていたら、原作者もこの作品に
映画化の依頼が来るとは思っていなかったそうです(笑)。

>四季さん
>アノ社長の言葉で結局、弟わ会社を辞めるのデス(原作)
>つまりわ、社長わ、弟を辞職に導いたのデス
原作を四季さんは、その様にご理解されたのですか?
だとすれば、ズルいどころがヒド過ぎるお話ではなかったでしょうか?

>ケイケイさん
>この作品は差別の肯定というより、ありのままの現実を映してたんじゃないでしょうか?
>そこからどう脱出するかという、サスペンス(笑)。
サスペンスですか(笑)。ケイケイさんらしい(^^;)
息子のバイト話など書いてしまいましたが、家は昔お店を経営してまして、利益率の低い
ディスカウント店でした。ここでバイトの子を4人解雇したことがあります。堂々と商品を
買ったと言って持ち帰るのですが、実際レシートの原本で確認しても払った形跡がなくお金
が合わず。薄利多売店の万引きは、即私たちのおまんまの食い上げを意味します(切実)。
ですので、コンビニの店長さんは差別しているかもしれませんが、背に腹は替えられない
とう経営者の苦渋の選択でもあるように思いました。
もちろん差別や偏見の無い世界がいいと願っております。

>お茶屋さん
>直貴が心を開いて、それこそ会長の言うように寺尾や由美子のような理解者を増やしていけば、
>職場で疑われるようなことはないと思うんです。
>左遷はその職場で信頼関係を築いていくチャンスを奪ったと思うんです。
ナオキが首になったあのスーパー、めっちゃ仕事で行ってましたぁー(関係ない)。
実は量販店にも仕事で行きますが、自分が業界に詳しから、ヤバイところにきたなぁ〜って
冷や汗かいていました(苦笑)。
真面目なお話、お茶屋さんの発想は素晴らしいです。私だって、そうあるべきと思いますが。
でも関わりたくないと思う人の弱さを、責める気にはなれないかもです?
私が被害者の娘だったらと、考えながらこの作品を観ていましたから。

でも、ナオキと由美子は「私たちの子よ、跳ね返せるわ!」あれはハラハラでした(笑)。
原作の2回目の会長のお話は、また厳しいものでしたけど、それで現実的になれたんですね。
大人なら絶えれても、同じ事をあんな小さな娘に大人みたいに要求するのは可哀想だと
ナオキは語ったので、私はほっとしました。
「私たちの子」は親が勝手に言ってるだけで、「殺人犯の弟」と世間が言うのと
私は同じように感じた気がしたからです。

私も朝に復活(笑) ケイケイ - 2006/11/11(Sat) 09:14 No.286

昨日はちょっと一眠りと2時頃から昼寝をしたら、起きたら薄暗くて5時回っていました。ここで白熱して体力使ったからでしょうか?(笑)。多分毎朝6時前に起きて、お弁当4つ作ってるからだと睨んでいます(@-@)。でも良いですね、若々しく社会正義に向かって語る四十女4人(笑)。まだまだ感性は古びてないようで。

四季さん
>「ソレでも、差別されても仕方がない」ってゆー
深層心理を形成しないだろーか・・・?
とゆった
>ヤッパし、大勢のヒトビトにモノを作ってみせる側のココロザシを思うと
ソレわ、個人的処世術だとかとわマタ意味が違ってしまって

私はこれは映画を観て、そう捉えませんでした。
やっぱり差別はいけないと感じながら観ていましたから。
強くなりなさい、あなたを磨きなさいは、
処世術というのとは、ちょっと違うことだと思います。
直貴のような立場の人や、その他の被差別対象の人に対するメッセージも含まれていたと思うし、志という点では、この作品もあると思いました。ただ細部に描き方に難ありなので、そう受け取ってもらえないかもという、危惧はあります。

そうですね、キラ=世間の価値観は、言いえて妙かも(笑)。
はしごすると、比べられていいかもですね(^^)。

お茶屋さん、四季さん
>感想を拝読して思うに、ケイケイさんと私の違いは、「差別を受け入れて、強く生きていく」と「差別には異議申立てをし、無くしていきたい」ではないでしょうか。正直言って私の生き方は疲れます。それほど、世間には差別とか差別意識とか多いです。自分を怒りの塊のように感じ、寿命を縮めているな〜と思います。70くらいで死ぬんじゃないかな〜。百歳くらいまで生きたいのに。
処世術としてはケイケイさんの生き方がいいかもしれませんね〜。でも、私はドン・キホーテで行きますわ(笑)。

私ね、映画観た直後の感想は、「お茶屋さんや四季さんが羨ましい」でした。
だいぶ私の方が世間の手垢にまみれた見方だと思います。
やっぱりあきらめているんですかね。
お二人の感想は、決して「青臭い理想論」ではなく、「真にあるべき社会」だと思います。

>でも、それを一般化するのには反対です。

私ももちろん反対です(笑)。
書き方が足らず、気を使わせてしまって、ごめんなさいね。

>なぜ、一般化するのに反対かというと、非のない者が罪を背負う道理はないと思うからです。直貴は被害者の遺族に謝罪してもいいし、しなくてもいい。家族と一心同体感が強いと、謝罪したくなるでしょうけど、道理からすると謝罪しない人も認め、尊重したいと思います。

本来はそうだと思うんですよ。未成年者が起こした事件以外は。
でも起こした事件の内容によって、人の捉え方は様々な気がします。
昔勝新太郎がアヘンの不法所持で捕まった時、兄の若山富三郎が「俺が世間に謝る道理はない。玉緒にも謝る気はない」と言った時、それは当然だと思ったんですよ。あんなええ大人がしでかしたことですから、いつまでも兄が謝る必要はないと。

この作品はでは、直接の動機が直貴の学費ですよね?そこに事件=直貴を絡めて観てしまう人の心理を、私は賛成は出来ないけど理解は出来るんです。それと事件直後、兄が被害者の告別式に直貴が行ったかと聞くシーンがありましたよね?私はこんな年端の行かない子に、なんて酷なことを頼むのだと、正直この兄に腹立たしかったんです。兄も弟にいっしょに背負うことを、心の底では知らず知らずに望んだんじゃないかと思います。当事者の兄さえそうなんだから、この辺の世間の厳しい目は、仕方のないことだと納得しました。でもそれがお茶屋さんはいやなんですよね?(笑)。

>それは私もそう思います。映画を見る人に悪人はいないぞー(^o^)。
私もケイケイさんと同じ思いなので、僭越ですが「自分は絶対差別せえへんぞ!」というのを補強させてください。 「差別をしないぞ」という思いだけでは不十分で、「常に意識して論理的に思考すること」が必要だと思うんですよね。感情だけでは知らないうちに差別する側に回っていたりするものでして。
私自身、常に意識して論理的に思考する域に達してないので、自戒をこめて記しておきたいと思います。

そうなんですよ、そうなんですよ、補強ありがとうございます!
この辺は四人とも一致した考えなのは、本当に嬉しいですね(^^)。
映画を観る、本を読むということは、人の人生を知る=伺い知れない苦楽も知る、転じて人の痛みを知るということですよね?

昔某映画サイトで、非常に教養豊かをご自分で誇ってらっしゃる、私より2〜3年上の方がいたんですね。既婚子供ありの人でしたが、映画は私くらい観ていた人です。その人が「人間の形成は1/4遺伝だ。だから犯罪者の血筋はその確率で犯罪を犯す」とお書きになって、絶句したことがあるんですよ。この人、映画観て何してたんやろ?って。観ているだけではダメなんですよね。映画は観て感じて自分の人生に生かす、これ淀川さんもお書きになっていましたね。

>それは私は心配してないんですよ。

これは灰兎さんの書かれていた懸念に、私も賛同です。
お金を扱う場所で何かあったら、やっぱり直貴が一番に疑われたと思うんですよ。
ああいうところって、日常茶飯にお金の計算が合わなかったり、商品の数が足らなかったり、
今までは万引きや計算違いで済んだことが、即直貴が疑われるかも知れません。
理解者を増やすまで、時間がないと思います。
やり直す場所としては、あの倉庫が適した環境だったと考える、会長の親心だったかなと。

>灰兎さん

>経営者の苦渋の選択でもあるように思いました。
もちろん差別や偏見の無い世界がいいと願っております。
>でも関わりたくないと思う人の弱さを、責める気にはなれないかもです?
私が被害者の娘だったらと、考えながらこの作品を観ていましたから。

同意です(^^)。
↑に理由を書きました。
差別というのは、昔観たアラン・パーカーの「ミシシッピー・バーニング」で、ジーン・ハックマンの言う「差別はどうしてあると思う?自分より下のもっと辛い者を作って、あの人たちよりはましだって思いたいんだ。」というセリフに尽きると思っています。人間の悲しい弱さを感じますよね。心の強い人間になる努力をしないといけませんね。

>でも、ナオキと由美子は「私たちの子よ、跳ね返せるわ!」あれはハラハラでした(笑)。
原作の2回目の会長のお話は、また厳しいものでしたけど、それで現実的になれたんですね。
大人なら絶えれても、同じ事をあんな小さな娘に大人みたいに要求するのは可哀想だと
ナオキは語ったので、私はほっとしました。

これも全く同じ意見です。
子供の場合は、私は逃げるが勝ちは、絶対ありだと思っています。
あんな小さな子に「逃げるな」は、反って逆効果の場合もあると思うし。

>「私たちの子」は親が勝手に言ってるだけで、「殺人犯の弟」と世間が言うのと
私は同じように感じた気がしたからです。

これも同じこと、思ってはったんや。
私たちの感想が似ているのは、別々の意味でリアルに現場に近いところにいるからかも知れませんね。

長々とすみませんでした。今日は仕事お休みして、今から中学の参観に行ってきます。

理想主義者はロマンチスト お茶屋 - 2006/11/11(Sat) 16:01 No.287

理想を追うと現実とのギャップに、自らを恥じることが多くなるものです。
「逃げの一手」「逃げるが勝ち」という言葉が好きなところは、私がドン・キホーテとは異なるところかな。他にも違いはありそうですが(^_^;。
ですから、灰兎さんのように「でも関わりたくないと思う人の弱さを、責める気にはなれないかも」ですよ。

それぞれの文章に細かくレスを付けて行きたいところですが(そうしないと理解してもらえないのではと不安ではあるのですが)、グッと我慢して核心と思われるところに絞って書きますね。

 >ケイケイさん
誤解して申し訳ありませんでしたm(_'_)m。ごめんなさいね。

>当事者の兄さえそうなんだから、この辺の世間の厳しい目は、仕方のないことだと納得しました。でもそれがお茶屋さんはいやなんですよね?(笑)。

ここのところについて、もう少し言葉を尽くしたいと思います。
もしも、私の家族が殺人犯だったら、被害者の遺族に対して罪悪感を持ちますし、謝罪に行くかもしれません。自分の未成年の子どもが殺人を犯したら、間違いなく謝罪に行きます。
また、私の家族がテロリストで何千人もの人を犠牲にしてしまったとなると、遺族に謝罪に行くこともできず、マスメディアを通して謝罪するのも誠意を感じてもらえないのではないかと思い、世間に顔向けができないと思うのではないかと思います(想像)。
心情的には上記のごとくですが、道理としては違います。自分に非がないのであれば、世間に顔向けができないと思う必要はありません。しかし、身内とはよく言ったもので、まるで自分が罪を犯したかのような罪悪感から逃れることができないのではないかと思います。
そんな自分に私は言ってやりたいです。「あなたに非がないのであれば、顔向けができないと思うことはない。堂々としていていいのですよ。」
だから、私は直貴にもそう言ってやりたい。そうすることが直貴の側に立つことだと思っています。

会長のあの言葉「世間は殺人者の弟として君を見る。世間とはそうしたものだ。」「だから、そんな世間にこだわるより自分を磨け。」は、励ましとしては、私は一理あると思っています。逃げてばかりいては世間に縛られて直貴自身自由になれないし、寺尾や由美子のような味方を増やすことはできません。
ケイケイさんと灰兎さんの気持ちもわかるんです。(理解できてきたつもりなんだけど)

あの言葉を寺尾や由美子が言ったのであれば、私もそうだよねと素直に共感できたかもしれないと思うんです。 あるいは、会長が「あの差別人事はいけなかった。申し訳ない。すまんがここから始めてくれ。」と言っていたなら私もそれほど怒ることもなかったと思います。
差別を是とする者に励まされても私は嬉しくありません。
この作品は、なぜ、寺尾や由美子にあのセリフを言わせず、差別人事を是とする会長に言わせたのですか?若しくは、会長に差別人事はいけなかったと言わせず(あの人事は間違ってないと言わせておいて)、あのセリフを言わせたのですか?
自分でも考えてみたいと思います。

つけたし〜(^_^; お茶屋 - 2006/11/11(Sat) 16:40 No.288

すみません。大事なところが抜けておりました(ひえ〜)。

心情的なものと道理とにはギャップがあるとNO.287に書きました。
心情的なものは、私も多数派に属するのではないかと思っています。つまり、身内の罪を我がことのように感じる人が多い。このへんが裏を返せば、世間が犯罪者とその家族を一体視して、犯罪者の家族を差別することにつながるのだと思います。
ですから、まずは身内意識から自由になること。家族であっても兄は兄、弟は弟として見る必要があると思います。
そんなわけで、

>当事者の兄さえそうなんだから、この辺の世間の厳しい目は、仕方のないことだと納得しました。でもそれがお茶屋さんはいやなんですよね?(笑)。

に対してのお答えは、心情的にはわかるけど、道理的にはお見込みのとおりです。

Re: 夕に力尽き、朝に復活するのだ(笑) 四季 - 2006/11/11(Sat) 17:47 No.289

映画、観てきましたにょーヾ(* ̄‥ ̄)〃♪
ケイケイさん!
今日の『デスノート』→『手紙』のラインナップ
マサに【当たりッ!】デシター!

『デスノート』のナカで、ライトのとーさんがゆー
「法も、完全じゃない」
「人間が作ったものだからだ」
「しかし、完全ではない人間が長いトキを経て」
「知恵を絞り続けてきたモノだからこそ大切なのだ」

この台詞と
『手紙』で、犯罪者の弟に対して
世間が勝手に「危険」を感じ「差別を与え」
「それが当たり前」だと裁いてしまう
会長の台詞の理不尽さにリンクしてたと、わたくし感じマシタ(*' '*)b

キラを褒め称え、キラの裁きで世の中が良くなったと主張するヒトビトの
ソコの浅さわ、『デスノート』でキッチリと
描かれていましたのでねーヾ(*' '*)〃

サテ!
映画の感想デスが
わたくし、映画を観終わって思いましたことわ

「コレわ、原作への批判じゃないか・・?」

ってコトデシタ(* ̄‥ ̄)b
映画でわ、会長(原作でわ社長)の言葉で
一旦わ、兄を捨てる弟が
被害者の息子の
「もう、終わりにしよう」
「お互い、長かったな」   ヾ(*T‥T*)〃;;

ってゆー言葉で
寺尾の誘いを受け入れて
刑務所に慰問に行き

「ヤッパし」
「捨てられないですよ」   ヾ(*T‥T*)〃;;;;

この台詞をゆわしてるんデスものー!
コレわ、大きな違いデシタ
アト、仕事も映画のほうわ恐らく
アソコの会社で働き続けるふーデシタねー?
会長も、応援してくれてると思える作りデシタ

原作でわ 
コドモまでも差別されて思い悩む直貴に社長わ
「キミはまだ、甘い考えだね」
「キミたち夫婦が正々堂々と生きていると」
「キミたちとまわりの人間と」
「どっちがしんどいと思うかね?」

などとゆー決定打を打って
直貴を追い込むのデス
会社を辞めて、兄のコトを隠し続けて生きると決意した直貴に
「正々堂々とゆー錦の御旗がなくなって」
「これからが、もっとタイヘンだぞ」
とゆって、送り出すのデス(キ▼‥▼A``

さも、深慮のアル人物ふーに描いてて

>灰兎さん
そーなんデス
ホントわ「ズルいとゆーよりもヒドイ」と思いマシタ

原作でわ「イマジン」とゆーウタが効果的につかわれ
「差別や国境のない理想の場所なんてナイ」
ってゆーメッセージを強く打ち出してマシタ
現実にわ、そーかも知れない
ジョンレノンだって
「夢かも知れない」とウタってマスもの
「キミは、ボクを夢追いビトだとゆーだろー」ってねー(*T‥T*)b?
(意訳)

ダケド
夢追いビトを否定するかのよーな主張のこの原作わ
わたくしわ、どーしても好きにわナレマセン

逆に、原作がとっても好きな方にわ
映画わキット物足りなかったハズと思いマス
犯罪者の家族わ、世の中に恥じ
ちーさくなって生きていけとゆーのが原作の主張だのデス

映画のほーわ
そーでわなかったと思いマシタ
「わたしたちオヤコは、ナンにも悪くない」
「だから逃げない」
とゆった由美子を、魅力的に描いていたと思いマス

ソレから
彼女が直貴の兄に寄せる優しい気持ちわ
今後、兄が出所したアトにも
キット、差別に負けないだろー強さを感じました

「ウチらのコドモやもん」ってゆー言葉にわ
確かに、自分の子供に対してそんなキツイ思いを強いる
親のエゴも入ってるとゆー
灰兎さんのご懸念、ワカリマス

が、彼女わ自分のムスメに
「差別する側の人間になってほしくない」とも思っている
ソレもマタ
わたくしもムスメがオリマスゆへ
そーゆーふーに受け取りマシタ

ココ掲示板でわ、原作と映画と両方知ってるのわ
灰兎さんとわたくしダケだからー
そこらへんの違いをご理解いただけるのわ灰兎さんダケだものー
よろしく検証お願いシマス<(_ _*)>"

そーゆーワケで茶ーさん(* ̄‥ ̄)ノ
わたくし「映画わ良かった派」に1票入れマスのでよろぴくどーぞ♪

(*/__)/ドテッ

ダッテ、わたくし
杉浦直樹に思いいれがナイからにょー♪
あんなじーさんの台詞なんて
屁のカッパ
むしろ、寺尾や由美子を
素敵なトモダチとして描いてくれたコトに
価値を見出しマスのデス♪

ソレにしても・・・
茶ーさんが「怒ってる」と書いて以降のコチラの盛り上がり・・♪
ホント、素晴らしいデスねー(*' '*)。。
ミナサン、ココロのウチをほとばしらせて

そんな敬愛スルチネチッタの「歴史的事件」に参加させていただけてー♪
こんな嬉しいコトわ、アリマセンッ!

映画って、ホント素晴らしーデスねー(*' '*)b♪

祝☆ご鑑賞 ケイケイ - 2006/11/11(Sat) 20:52 No.290

四季さん、さっそく感想拝読しました。
あの吹越満の「もう終わりにしたい」以下、とっても良かったでしょう?
実は私が一番泣いたのは、あのシーンでした。
直貴は、映画ではずっとあの会社で働いていたと、私も思いました。
終わり方も、ちゃんとお笑い芸人を目指していた伏線が生かされていましたし。
あの舞台からの兄への呼びかけ、泣かせたでしょう?
とにかく、「映画は良かった」で良かった良かった(^^)。

東野圭吾は、「白夜行」でもありえんくらい凄かったですから。
ドラマは未見ですが、そっちもだいぶ脚色していたみたいです。
何気にこの人、私の隣町出身なのだ(^^;)。
だから「白夜行」のモデルになった場所や学校、地名は全部わかるんです。

お茶屋さん、長文のお返事ありがとうございます。
お茶屋さんのお気持ち、ちゃんと受け止めました(多分)。
真に理想とする社会は、私は100年後になるか、200年後になるか、きっと来るような気がします。実際私たちが子供の頃から考えたら、色々な差別や偏見は格段にましになっていますよね?例え表面だけであっても、最初は形からが大切かと思います。かくなる上は、輪廻転生して前世の記憶を持って生まれて来ましょう(^0^)。

さぁて読むぞ!(笑) ヤマ - 2006/11/12(Sun) 11:58 No.299

「チネチッタ高知」の歴史に残る談義というやつを読みたいがあまり、
本日予定していた県美の秋の定期上映会「シネマ&ミュージック」も飛ばして
午前中に拙日誌を綴っておりました(あは)。
書き終えたので、ケイケイさんの映画日記を拝読したところです。
これからいよいよこちらでの4人談義を読みたいと思います(嬉)。

読みましたが…(苦笑) ヤマ - 2006/11/12(Sun) 14:26 No.300

さて、どうしてレスを書いたものか。
とりあえず、掲示板留意事項を読んだところ、字数制限がなかったので、
以下に拙日誌をコピペすることにします。
あちこちと話の重なるところがあって、とても興味深かったので、
拙サイトでの更新に先駆けて御覧になってみてください。ただし、長いですよ〜(お覚悟アレ)。
(でもって具合悪ければ、管理人のお茶屋さん、消しちゃってくださいね。)

**************************
 手書きの手紙、ワープロ打ちの手紙、葉書、映画の題名が示すように種々の手紙が映し出されるが、僕にとって最も感銘深かったのは、全く文面が映し出されなかった白石由美子(沢尻エリカ)の手紙だった。
 二十年以上も前のことになるけれど、僕は教護院に勤めていたことがある。指導上の必要性から、そこに入所していた少年少女たちの調書を読むと、彼らが非行に至った経緯には、本人よりも親や教護院入所以前にいた施設、学校などの対応に問題があって、彼らがそこに責任や因果を求めるのももっともだと思われる場合が多々あった。しかし、どこが悪い、誰が悪いと言ってみたところで、そして、それがもっともな話だったところで、その誰もどこも入所児のしでかした事のツケなど払ってくれはしないのだから、結局、自分自身で引き受ける腹を括るところからしか始まらない。そのことを何とか伝えようと幾人かの入所児と話し込んだものだった。
 中学生にそれを求めるのは酷などと言ってみたところで、彼らは逃れようがないのだから、少しでも早く覚悟を決めるしか先の道は開けてこないわけだ。しかし、この"引き受け"からしか始まらないことを"希望"なり"可能性"とともに伝えることは至難の業で、当時二十代半ばの僕に果たせたとは到底思えないが、この話をしていたとき、それまでに見たことのない類の真摯さが彼らの眼差しに宿っているのを感じることで、話を継いでいくことが何とかできていたような覚えがある。
 だから、平野会長(杉浦直樹)がこの至難の業を果たすために武島直貴(山田孝之)の元にわざわざ現れた場面に打たれるとともに、会長にその脚を運ばせた由美子の"手紙"の力に心打たれた。会長が直貴に語り聞かせた話の眼目がまさしくかつての僕が入所児たちに伝えようと試みたことと符合していたからだ。直貴には、平野会長を動かすだけの手紙を彼のために書ける由美子がいた分、"希望"と"可能性"を添えて引導を渡すことがしやすかったようには思うけれども、他方、教護院の入所児と違って直貴には自身が責を負うべきところがいささかもないだけに"引き受け" の覚悟がより困難だったはずだ。だが、その困難を飲み込むしかないことを思い知るだけの酷な状況に直貴は晒され続けてきたわけで、この映画を観ると、そういう酷な状況に、より理不尽な形で晒されるのが、当の犯罪者ではなく、その家族であることがよく判る。
 むしろ当の犯罪者は刑務所に隔離されていて、ある意味、守られているわけだから、兄の剛志(玉山鉄二)が六年の歳月を経て弟直貴からの絶縁の手紙でようやく思い知ったように、刑務所でのお務めを果たしているだけでは何の贖罪を積んでいることにもならないわけだ。それというのも、そもそも現在の刑務所というところが、『刑務所の中』('03)の映画日誌にも綴ったように「本質的に刑罰を執行していない」からだ。刑罰概念に言う目的刑としての教育刑を結果的に剛志に加え得たのは、出す出さないも含めて専ら"手紙"を通じて兄の心に働きかけていた直貴であった。それがあって初めて殺された被害者の息子である緒方忠夫(吹越満)も「もう終わりにしましょう」と困難な覚悟を飲み込むに至ることができるようになるわけで、ここでもまた"酷な状況に、より理不尽な形で晒され"ていたのは、死亡している当の被害者ではなく、その家族であることが明示されていたように思う。
 重大犯罪というのは、かほどに重く罪深いことであって、それは過ちを犯してしまった犯人の人格のほどによらず、取り返しがつかない。決して悪人とは思えない剛志が模範的に刑に服していても、何らの贖罪が果たせないことなのだ。TVドラマや映画で描かれる犯罪というのは、ともすれば、捕まって終わりとなったり、場合によっては、レジスタンスや反骨のメタファーとしてヒロイックに描かれたりしがちだが、当然ながら、現実はそんなものではない。また、犯罪者やその家族に対する視線の冷酷さということにおいては、犯罪者どころか教護院に送致されていた子ども達でさえ、犯罪者ですらないのに差別を受けずに社会で過ごせることなどありえないのが世間というものの実情だ。それだけ犯罪というのは大変なことなのだが、人々の想像力の貧困化によって、かつてならある程度当然にして前提にできていたはずの罪深さや重さが、ほとんど通じない連中が数多くなってきているような気がする。
 僕がもはや社会の崩壊状態の象徴のように感じている犯罪事象は、"振り込め詐欺の広がり"なのだが、あの見境のなさと徹底した弱者狙いにおけるタガの外れたようなモラルハザードぶりが莫大な件数で発生しているところには、やはり人心の崩壊が窺えるように思う。そして、騙す側の「手の込んだ周到さを果たすために巡らされている想像力」の呆れるほどの過剰さと相反するような「被害者たちや結果に対して巡らされる想像力」の信じがたいほどの貧困さという落差の大きさが、僕に崩壊のイメージをより強く与えるとともに、この犯罪に手を出す連中の数の多さと動機のあまりにもの軽さに、日本社会の崩壊を感じている。だから、この作品のように犯罪というものの重さや罪深さを切々と訴える作品が現れてきたのだろうとも思う。言わば、時代の要請でもあるわけだ。弟直貴の"お笑い"の舞台を観ながら、剛志が手を合わせ、鼻水を垂らして涙する悔恨をもたらされなければならないのが重大犯罪であり、だからこそ、決して人が手を染めてはならないことなのだ。
 直貴の被った苦労に対して具体的な誰かや何処かに責を負わせて観る側が気を晴らすことのしにくい登場人物の造形というものは、そういったことを訴えるうえで作り手がフィクションとして意図的に工夫していた部分だと思われるが、そこに確かな見識をも感じた。直貴が直接的に出会う人々には下品な悪人と言える人物は、誰一人として登場しない。直貴の逆玉の輿ともなりかけた社長令嬢の朝美(吹石一恵)だってつまらない女性じゃなかったし、彼女の父親(風間杜夫)にしても、婚約者にしても、それぞれ限界は負いながらも決して下劣な人物ではなかった。それで言えば、この映画を観た日に発売となったゲーム機プレステ3欲しさに列を成すなかで罵声をあげたり身勝手な振る舞いをする輩などよりは遙かに、全ての登場人物に節度も分別も窺えたように思う。それでも、直貴はツライ思いを重ねざるを得ないのだ。言うなれば、現実は、もっとひどいということだ。だからこそ、過ちと言えど、剛志の犯した罪の重さや深さが沁みてくるわけで、そのためにも直貴に関わる誰が悪い何処が悪いといった方向に観る側を導かないよう配慮していたのだろう。しかし、ひとつ大きな疑問があって、剛志のような事情を負ったなかで強盗殺人を起こした場合の量刑が無期懲役というのが本当に現状なのだろうか。怨恨要素のない金銭目的だから重くなりがちだとは思うけれど、無期懲役までいくのかしらと素人考えながらも疑わしく思った。
 それにしても、直貴の被った厄災は大変なもので、それが兄の自分への想いが高じた挙げ句のとんでもない過ちによるものだとしても、到底承服しがたいものだったわけだが、ひとつだけいいことがあって、あのように徹底的なハンディを負っていると、結果的に真玉の本物に出会えるというか、それ以外のものが敢えて選別を加えずとも自ずと淘汰されていくということがある。結局最後まで直貴の元に残っていたのが由美子と祐輔(尾上寛之)だったのはその証拠とも言えるわけだし、彼らの間で結ばれていたほどに濃密で確かな絆というのは、そうそう得られるものではないと思う。「あんたがお笑いの夢捨てんと工場辞めたから、うちも美容師の夢のために学校行くことにしてん。」などという涙ぐましいまでのさりげなさで直貴の存在価値に対する肯定感を促す言葉を彼に与える由美子を演じていた沢尻エリカが、とてもよかった。今が盛りの活躍ぶりだが、トレンディ女優に留まらない確かな存在感と魅力が、出演作の作品的な充実ぶりにも窺えるような気がする。

Re: さぁて読むぞ!(笑) 四季 - 2006/11/12(Sun) 15:36 No.302

ぐぇー(*/__)/ドテッ
同じ時間にモノを書いてて、こんなレベルの差を見せ付けられますと
マタマタ、コンプレックスの塊になりそーデス(*T‥T*A``

デモ、アレ
ヤマちゃんの書いたのって、読んでみたら(←必死にょ;)
「差別」とゆー観点よりも「犯罪」ってゆー観点に重点が絞ってアッテ
そーだなー・・この映画でわ、ソッチに価値を感じて
観るべきだったんだろーなーなどと、素直に思いマス
誰かが書いてたんだけど、コレ、刑務所で上映するんですってねー?
ソレわ、いーコトかも知れマセン
犯罪を犯してしまったヒトビトわ、ヤッパし
家族を苦しめたコトについても気が付くべきだし
(普通わ、ヒトからゆわれなくても自分がイチバンわかってるかもデスが)

ダケド

>会長が直貴に語り聞かせた話の眼目がまさしくかつての僕が入所児たちに伝えようと試みたことと符合していたからだ

コレ、ヤマちゃんわ当の本人に伝えたかったコトであって
直貴のよーに、自分が殺したワケでもなく差別される存在を
「差別されて当然」と、ゆってたワケじゃないにょねー?
もちろん「犯罪者の家族」とゆーコトに限定すると
ソレに至る環境までもがアレコレゆわれて、結局家族もヒトくくりにされる
そーゆー面わ、アルとわ思いマスが

デモ、彼がマジメに働いてるコトを知ったうえで
「人事が間違ってなかった」
「差別は当然だ」ってゆーのって
ヤッパし、エラソーだって思っちゃいマス(キ▼‥▼A``シツコイケド
(まー、原作よりかマシとシテも)

>「あんたがお笑いの夢捨てんと工場辞めたから、うちも美容師の夢のために学校行くことにしてん。」

ホント、、、彼女わ良かったデスねー・・
アト、ナニかにつけて
「兄貴はどーよ?」と気にかけてくれる寺尾・・
現実に「自分と直貴を重ねるヒト」に由美子や寺尾の存在があることを
祈って止みません(*T‥T*)b

こころ悲しくて 言葉に出来ない〜♪ 灰兎 - 2006/11/12(Sun) 21:43 No.303

お茶屋さん、みなさん、こんばんは。
沢山のレスをいただき、どうも有難うございます。

私はこの映画の後、原作を読みました。会長役の演出に胡散臭さを感じたからです。
普通、会長はもっと身なりが良い点と、売り物の商品に腰掛けたりしませんから、
ちょっとモヤモヤ(笑)。
でも原作の社長は、映画以上に肯定したくなったのが事実です。

私は子供に、喜びを通して人は成長するのです!と説いて育ててきました。
世間には矛盾や差別や偏見etcといった汚いものと、夢や希望や努力etcという美しいものが
あるとするならば、美しいものに向かって生きなさい。
これはケイケイさんの「理不尽なことに怒っても、怒る時間があったら、
敵がぐーの音も出せないくらいの人間になる努力をする方が早いから」に非常に近いと思います。

汚いものだけに捕らわれて腐るのではなく、それらについて十分理解した上で、美しいものを
夢に近づく尊いものを 忘れて欲しくないという意味でもあります。
と言うわけでこのような理想主義的(笑)な私にも、社長さんは理解できる存在でございました。

解釈が異なる四季さんに対し反論する気はございませんが、上の書き込みに
「よろしく検証お願いシマス<(_ _*)>" 」とあったので、書きました。
それと私は杉浦ファンでも、東野ファンでもないです(笑)。

ヤマさんの拙日誌拝読させもらいましたが、私も同じように感じておりました。
私は下の方の書き込みで「崖っぷちやある意味修羅場をやり過ごしてきた(笑)
会長の思いやりかも」と書いています。
男の子を育てているので、品位に欠けて申し訳ないのですが(笑)。
崖っぷちとかある意味修羅場というのは、ヤマさん拙日誌の中の

>中学生にそれを求めるのは酷などと言ってみたところで、彼らは逃れようがないのだから、少しでも>早く覚悟を決めるしか先の道は開けてこないわけだ。しかし、この"引き受け"からしか始まらない>ことを"希望"なり"可能性"とともに伝えることは至難の業・・・・・

まさに私はそのような体験の事を指していました。

ですからその様な体験をお持ちの方がいらしたら、書いてくださるかも?と願っておりましたので、
ヤマさんの体験を拝読し、私自身がまた一層理解が深まったように思えて、本当に嬉しいです。
どうも有難うございます!

原作は興味なかったんだけど(笑) ヤマ - 2006/11/12(Sun) 23:26 No.304

>四季さん、

刑務所で上映するというのは、とてもいいことだと思います。

 >コレ、ヤマちゃんわ当の本人に伝えたかったコトであって
 >直貴のよーに、自分が殺したワケでもなく差別される存在を
 >「差別されて当然」と、ゆってたワケじゃないにょねー?

あのときの会長は、差別するほうが悪いとか差別されても当然とかってことは眼中になく
とにかく直貴に「"希望"と"可能性"を添えて"引き受け"の引導を渡す」ことが
目的だったと思うのよね、映画での僕の印象は。
でもって、拙日誌でも「引導を渡す」というようなキツイ言葉にしているように
その"引き受け"には、相当の覚悟が要るわけですよ。
なにせ"理不尽"を飲み込まなければならないわけですから。
そういう意味では、直貴も教護院の入所児たちも共に明らかに被害者で同じ立場なんですが、
被害者意識のほうに囚われている限り、先の開けない不幸は、いつまでもつきまとうわけで
事の当否正誤よりも、その不幸に苦しんでいる者に先に向かって踏み出す力を得てもらうのに
何が必要なのかというところで、精一杯の語りかけをしようとしていたのだと思いました。
だから、「僕が入所児たちに伝えようと試みたことと符合していた」と書いたのです。
そして、拙日誌の冒頭「僕にとって最も感銘深かったのは、
全く文面が映し出されなかった白石由美子(沢尻エリカ)の手紙だった」と書いたのは、
実は、会長への手紙のなかで由美子が、直貴の人となりを縷々語ったうえで
人事異動についての改善措置を求めると共に、
これまでの経過と"逃げ"のところに触れる懸念を綴っていて、
これを繰り返していても彼が不幸になっていくばかりで心配しているのだとの自分の気持ちを
率直に語ることで、切なる願いをアピールしていたのではないかと想像していたからです。
会長は、そこのところに打たれ、だから、わざわざ脚を運んだのではないかと考えてます。
そういう意味では、もちろん会長の人物・器量ということもありますが、
イチバンはやはり由美子の力なのだと僕は思っているわけです。何しろ沢尻エリカだしぃ(笑)。

>灰兎さん、

僕は原作を未読なのですが、原作のほうでは、会長じゃなくて社長が直貴と話をする場面が
二回出てくるそうですが、最初の話が由美子との結婚への踏み出しに繋がり、
三年後の二度目の話が緒方家への弔問に繋がるという展開なのですか?
なんか随分と変わってきますね、原作の印象が。

僕の体験など、遠い日の一時期のことでしかありませんが、
この「"希望"と"可能性"を添えて」というところがとてもむずかしいわけですよ。
でないと本当にただの引導渡しになりかねないわけですからね。
だから、あれこれ自身の体験をも含めて、僕なりに精一杯語ってました。
でも、由美子さんには及ばないんですけどね。ま、会長の蜜柑くらいなもんでしたわ(たは)。

Re: さぁて読むぞ!(笑) 四季 - 2006/11/13(Mon) 07:09 No.305

おはにょーございます(*' '*)ノ

灰兎さんも、ヤマちゃんも
スゴイ!長文&真剣なお返事、ありがとうございます!
おふたりの書き込み、夕べ読んでから
マタマタ寝しなにいろいろ考えマシタ
わたくしのものの見方がヘンなのかもなー?とかも思いマス
が、そー卑屈になっててもしょーがないんで

(*/__)/;;←根が卑屈

>2回目のお話というのは、当然読み手により解釈が大きく異なるわけですが。
>私は社長の「世間が悪いのか?君が甘いのか?(中略)君が考えて決める事であり、
>君が選択するから意味がある」と言うような言葉に感動しました。

コレ、灰兎さんのを読んで、原作を読み返してみたのデスが
2回目のトキ、社長ゆった趣旨わー・・
ムスメが差別されてしまうコトに悩んでいる直貴に
「キミもキミの奥さんもまだ甘えている」
「逃げずに正直に生きていけば、差別されながらも道は拓けると言う考えは甘えだ」
「それで無事に付き合いができたとして」
「心理的に負担が大きいのは君たちと周りの人間とどちらかね?」
そこまでゆわれた直貴が
「じゃー、どうしたらいいんですか?」と訪ねたら
社長がゆった言葉が
「正々堂々と言う君たち夫婦の選択が正しいとは思えない」
「これは、君たちの問題なのだから、キミが答えを出さないと意味がない」
こーゆった流れデシタ

なので、灰兎さんが受け取っている
「世間が悪いのか君が甘いのかを決めた」のわ社長
だと、わたくしわ読み取りマシタ
そのうえで、どーするかの選択は自分で決めろとゆったとゆーふーに
「正直に一生懸命生きている直貴一家」に対して
「付き合う周りの負担が重い」
この言葉は、どーゆった結論を導き出させますか?

で、フト思うのデスが
灰兎さんわ、映画を観てアトで原作読んだ派なのデシタねー?
・・・
おそらくキット
映画のあの、やさしげな会長のイメージや
映画の持つメッセージが先に刷り込まれてから読んだので
そーゆったふーな記憶になったのでわないのでしょーか?

マタ、逆にわたくしわ先に原作を読み
社長の話の趣旨にひどく憤慨シマシタ
映画とわ違い小説でわ、こまごまとした言葉が書き込まれているので
1回目の言葉の中にも
「キミは社会的にスデに死んでいる」
「差別されている以上、同じ職場においておくわけに行かない」
「ホカの職員が、気を使うことで仕事がおろそかになるからだ」
とゆった、労働者にとってわ聞き捨てならない台詞もあり
この人物の偽善性に先に着目しちゃってますので
映画の会長の少ない言葉にも、そーゆった「含み」を感じざるを得ませんデシタ

まー
そーわゆっても
灰兎さんのよーに
「ナニゴトからも美しいモノだけ選択する」とゆー
殊勝な心構えでわナイので(*/__)/ドテッ
オノレの貧しいココロがよけーにそーゆー解釈をさせたのかも知れマセンが;;

>直貴が社長の言葉の中から、「自分は世間を批判するほど、自分は本当に強い人であったか?」
>と考えた末に被害者宅へ行く約束から逃げてきた自分の弱さを感じて、彼は新たな一歩を踏み出した
>と解釈したものですから、嬉しかったのです。

直貴が被害者ムスコに会いに行くきっかけわもっとアトでした
由美子が引ったくりの被害に会いムスメが怪我をして
誤りにキタ犯人の両親に対して
チャンと誤りにキタことに「尊敬し
デモ同時に「ダケド、許せない」被害者の感情に気が付き
そこで社長の言ったよーに「正々堂々としていてはいけない」と思い至る
そーゆー流れデシタね
そう思うと同時に、兄さんへの縁切りの手紙を書き
会社にも辞表を出し、彼らを知っている人々から逃げます
そのヒトビトの中にわ
もしかしたらキット、いつかチャンと付き合えるヒトも入っていただろー
そーゆー長い間築いてきた暮らしを捨てる決意をしたのわ
やはり、社長の言葉ゆえとゆった解釈わ
残念ながら変わりマセン
せっかく、尊敬出来る人物(そー描いてあったので)がトップに居る
職場での積み上げたモノの大切さわ、労働者として
非常にもったいない無残な選択だと思ってしまいマス
しかし、社長わ引き止めなかったデス

そーしてしばらくして
いついつまでもお詫びの気持ちを送ってくるムスメの加害者のオヤに対し
直貴が「自己満足だ」とゆったのを
由美子が「彼らがムスメを忘れてないと思うと大きな気休めになる」
とゆったコトが
直貴が被害者宅に出向くきっかけになったのデス
嗚呼 やっぱり由美子わ素晴らしいヨメ(*T‥T*A``

ここからの展開わ、映画も小説もほとんど同じで
感動が込み上げる素晴らしさデシタ
映画の作り手が、ここの素晴らしさをダイジに思って
作ってくださったのだなーと思いマシタので
「映画わ良かった」とゆー感想にあいなったワケデス
(一方、小説の展開としての重要な部分を切ったために、つじつまの合わなくなったコトもあろーと思いマスケド)

>直貴は本当の強さの意味を理解したように、思えたからです。

「本当の強さ」とゆーのが、どーゆった方向なのかソレも解釈の違いがアルかも知れマセンが
直貴は、由美子の「自分たちは兄のコトを隠してて今はしやわせかもしれないが」
「世の中には、隠せない人々もたくさん居る」
とゆー言葉に対して「けじめ」として被害者宅に出向いたのデシタ
だので、ヤッパし誉めるんだったら由美子だなー(*' '*)。。

社長の存在わ、ソコに至るまでの「小さくない障害のひとつ」だと読みマシタ
そーじゃないと
あの社長の言葉にたくさんの経営者が感銘を受けちゃったら
ソレこそ世の中の差別されてる人々わ立つ瀬がないのデス
正直に頑張ってもダメじゃー死活問題だにょ

マタ長くなってしまって、スミマセン
雇われ労働者のゴマメの歯軋りデシタ

デモ、灰兎さんのオカゲで、2度と読まんと思ってた原作を読み返して
最後の展開の素晴らしさに目が開いたと思いマシタ
怒りに目がくらむと、そーゆートコが台無しになってしまうのデスものー
ホント、ココロから御礼申し上げマス<(_ _*)>"

Re: さぁて読むぞ!(笑) ケイケイ - 2006/11/13(Mon) 14:38 No.306

皆さん、こんにちは。
ヤマさん、私が急かしたばっかりに、「シネマ&ミュージック」飛ばさせてしまい、申しわけないです。m(_ _)m。でも読み応え充分、最近のヤマさんの日誌では、一番感銘を受けました。急かした甲斐を感じています(笑)。ありがとうございます。

ヤマさん、以前に障害者の方の授産所みたいなところにもお勤めだったと、書かれていませんでしたか?今回の教護院のお話と言い、ヤマさんのお若い頃の体験やその時感じた想いが、映画を観る上で、とても生かされているんだなと、今回改めて思いました。出来そうでなかなか出来ないことですよね。

>ひとつだけいいことがあって、あのように徹底的なハンディを負っていると、結果的に真玉の本物に出会えるというか、それ以外のものが敢えて選別を加えずとも自ずと淘汰されていくということがある。

これね、今回の作品でも感じましたし、常々思っていることです。
人には形を変え品を変え、色々背負ったものがあると思うんですよ。
それから逃げずに乗り越えた後、必ず素晴らしいものを手に入れているはずと、私は思っています。灰兎さんと同じく、これを子供に教えています。わかってるんだかどうかは、わかりませんが(笑)。直貴の場合、それが吹越満の言葉だったり、由美子や寺尾の存在だと思います。そして、こんなに苦労をかけられても、尚兄を捨てられないと実感したことは、本当に素晴らしいと思うんです。この辛い経験なくば、今の強い直貴であったかどうか、それはわかりませんよね?
ヤマさんのような観方をすると、この作品は、力強いメッセージが込められていると思います。

灰兎さんや四季さんにも、もっと書きたいのですが、今から「トンマッコルへようこそ」の感想文を書くので、これくらいで(笑)。また来ます。

超高速回転掲示板? お茶屋 - 2006/11/13(Mon) 18:54 No.307

ひゃ〜、皆さん、書き込みありがとうございます。
ワタクシの頭は飽和状態(^_^;、どうお返事すればよいものか。

 >ヤマちゃん
『ノー・ディレクション・ホーム』でお見かけしなかったのは、そういうわけでしたか。おもしろかったけど長かったでー。なのでこちらの掲示板の方が価値があるかも(笑)。

私もこの作品、加害者の家族がこれほどの差別を受けているというところは、かなり来るものがありました。私が知る限りの現実と照らし合わせても、そうかもしれんなーと。
それと無期懲役、疑問でしたよねー(笑)。

 >四季さん
>コンプレックスの塊になりそー

感想、拝読。誰にも真似できない素晴らしい感想だと思います。
この調子で真面目な感想でも笑かして行ってください(願)。
本当におもしろかったよー(^o^)。

 >灰兎さん
>普通、会長はもっと身なりが良い点と、売り物の商品に腰掛けたりしませんから、ちょっとモヤモヤ(笑)。

あ、そういうモヤモヤでしたか。
差別もどき発言に対するモヤモヤかと思っておりました(^_^;。

 >ケイケイさん
>「理不尽なことに怒っても、怒る時間があったら、敵がぐーの音も出せないくらいの人間になる努力をする方が早いから」

処世術だなんて言って申し訳ありませんでしたm(_'_)m。
こちらが会長のセリフに最も関わってくるところですものね。(灰兎さんがコピペしてくれてよかったわ。)
それから、私も現実には常に異議申立てをしているわけではなくて、怒る時間がもったいない派です。
でも、腹が立つから溜まった怒りがこういう機会に噴出するわけね(笑)。

『手紙』のスレッド お茶屋 - 2006/11/12(Sun) 08:29 No.293

皆さん、おはようございます〜。
長いスレッドになったので別スレッドを立てましたが、私の気持ちは理解してもらえたと思っております。言いたいことは言った(スッキリ)って感じ?(笑)
原作と映画の違いについては、このスレッドに続けてくださいね〜。
灰兎さん、ここですよ〜(^_^)。

 >四季さん
>ダッテ、わたくし
>杉浦直樹に思いいれがナイからにょー♪
>あんなじーさんの台詞なんて
>屁のカッパ
>むしろ、寺尾や由美子を
>素敵なトモダチとして描いてくれたコトに
>価値を見出しマスのデス♪

そうか〜!四季さん、さすが太っ腹!
私は「木を見て森を見ず」だったのですね。
寺尾や由美子、よかったです。素敵な友達でした。
被害者の遺族との対面場面や、刑務所での舞台もよかったですね。

 >ケイケイさん
>お茶屋さんのお気持ち、ちゃんと受け止めました(多分)。

ありがとうございます。受け止めていただいたと思っています。
私の方はどうかしら。ケイケイさんと灰兎さんのお気持ちを理解できていますか?

>例え表面だけであっても、最初は形からが大切かと思います。

そうですね。
私自身、現実は理想像には至ってないですし。
理想に近づくには段階というものがありますものね。

Re: 『手紙』のスレッド お茶屋 - 2006/11/12(Sun) 10:00 No.297

ふと思って舞い戻ってきました(笑)。自己レスです。

>私は「木を見て森を見ず」だったのですね。

あるいは「重箱の隅をつつく」だったかも(笑)。

Re: 『手紙』のスレッド 四季 - 2006/11/12(Sun) 15:06 No.301

>「木を見て森を見ず」
>「重箱の隅つつき」

どっちもちゃう思いマスーヾ(*' '*)b
アノ会長の言葉に反応した気持ちを正直に書いたのわ
茶ーさんが素直な鋭い感受性をお持ちだからコソ!
ソレを読まなかったら、わたくしなんか
原作読んでも、ナニか違和感ぐらいしか思わなかった可能性も高いのデス
どーしても人間て自分の立ってる場所からしか
物事が見えにくいモノだものー

でねー
今日、アチコチの感想サイトとか読んできて
ヤッパし原作が好きなヒトわ映画を批判してて・・・

批判のポイントが
直貴が会社を辞めない展開だとか
つまり、原作の社長の2度目の発言を映画が描かなかったコトだのにょー
「差別される人間と、まわりの人間とどっちがしんどいか」
(原作者は、後者がしんどいと言いたいらしー)

昨日、テレビで
いじめに関して子供たちを集めての座談会をやってて
「いじめられるこは、それなりの理由がある」
「いじめをやったことがある」ってゆーコトを子供たちが口々にゆー
ソーかと思えば「自分もいじめられたことがある」とも大半がゆー
ソレを別室で親たちが見てて、ボーゼンとしてる場面が流れてマシタ

ボーゼンとしちゃったのわ
オトナのほーわ「いじめるコトは恥ずかしい悪いコト」といった
共通の常識や合意があるからなのデスが
ソレが、子供たちにわまだナイ
ナイまんまに、いじめ(差別)とゆー現実にわ
モロに直面しちゃってるとゆー現状らしーのデス

あの会長の台詞「差別されるのは当然だ」ってゆーのも
本来、そんなコト今までゆっちゃいけなかった合意があったのが
あーゆった思いやりと含蓄あふれた人物が口にするコトによって
安易に「言ってもいいコト」にすり替わり
今まで長い間かかってやっと形成出来てきた
「差別はいけないんデス」ってゆー合意が脆く崩れる可能性だって
孕んでしまっているのデス
言葉ってのわ、チカラがアリマスからシテね?

「キミは甘えている」
「周りの人間がしんどい」
「正々堂々と言う錦の御旗」

これらの言葉が、差別されてるヒトにドレだけの破壊力があるのか
想像がついてて、なおかつわざわざダメ押しまで書き込む
原作者の意図を思うと
(ソレがわからないよーなヒトの文章ではないので尚更)
映画のほーわ、よく、アレをゆわさないでくれたって
思っちゃいました・・・
この選択こそが「オトナの見識」ってモノだと思うのデス

茶ーさんわ、勘がいーから
キット、あの言葉に続く文字列が見えちゃったんじゃないかなー・・・?

(ケイケイさんが鈍いとかゆってマセン)(゜σ・・゜A``

ある意味、わたくしら「組織」で働いてると
配置転換ってコトにわナニかしら敏感にもナルにょねー
「差別されてる人間わ、お客対応わさせない」
なーんてゆわれたら「なんじゃそりゃーッ!」
この反応がまっとーだとわたくしも思いマス(* ̄‥ ̄)b
茶ーさんダケじゃーナイにょー

マタ、長くなっちゃった;;
自分のレビューもまだだのに(///‥//A``ゴメンネー;;

Re: 『手紙』のスレッド お茶屋 - 2006/11/13(Mon) 19:13 No.308

>どっちもちゃう思いマスーヾ(*' '*)b

ありがとー。
そうだよね〜。ネットを徘徊していると、「会長の言うとおり。犯罪者の家族は差別されて当然なんだよ。なんでも差別、差別いうな。」(意訳)というのがあったりしましたので、同じように会長のセリフに拘っているんだけど、180度異なる反応もあることを表明しておいてよかったと思います。

>昨日、テレビで
>いじめに関して子供たちを集めての座談会をやってて
>「いじめられるこは、それなりの理由がある」

見ましたー!
「いじめられるこは、それなりの理由がある」については、すごく言いたいことがあるので、別に書こうと思っているのですが、ちょこっと言うと、アニメ映画『キリクと魔女』を必見映画として履修させてほしいです。
魔女は人食い(だったけか?)なので皆から恐れられているのです。この場合、魔女に非があるので、皆が恐れるのはもっともなのです。でも、キリクはなぜ、魔女が人を食う(だっけかな?)のか、「なぜ」というのを追求し続けるのです。そして、魔女が実は性的暴力を受けていたため、人食い(だっけ?)になったとわかり、キリクは魔女の恐れを解き、めでたく二人は結ばれるというお話(だったと思う)。
つまり、非がある者であっても、その非の原因を突き詰めれば、嫌われてもっともだとは言いにくくなります。
いじめる理由に「臭いから」と言っていた子どもがいましたが、「臭い」のは一見その子に非があるように思えますが、その原因を突き詰めれば「保護者の責任(虐待)」かもしれず、その子に非はないかもしれません。その子に非がないのにいじめるのは差別ですよね。
これだけじゃなくて、「ヒトラーは、なぜ、あんなことをしたのか。国民はなぜ彼についていったのか。」原因を突き詰めると、第二のヒトラー誕生を防げるかもね。
あ、ちょっとのつもりが全部書いたので、多分別に書くことはないです(^_^;。
独演会みたいになっちゃった(笑)。

Re: 『手紙』のスレッド 四季 - 2006/11/14(Tue) 07:11 No.309

茶ーさんヾ(*' '*)〃おはにょー!

時間がないので、チョットダケ・・
いじめのアレ、見てたのねー?
わたくし、スグにバレーに変えちゃったから
アノアトが見れなかったんだけど

アノおかーさんが「ちゃんと育ててきたつもりだった」って
泣いてたでしょー(*T‥T*)b?
マジメなおかーさんだと思ったケド・・
ナンでもオヤのしつけのせーにしたり先生のせーにしたりスルケド
そーじゃなくて
ヤッパし子供(人間)って、社会が育ててる側面が強いのデスねー

そーゆった意味からも
「いじめ(差別)に、正当性」を持たそうとするのわ
社会人として責任を感じなくちゃイケナイんじゃないかなーと思いマシタ

単に「言葉狩り」のよーな意味でわなくねー(*' '*)b
気持ちの問題だにょ

あ、アト
ココの掲示板でたくさん書かせていただいたの
アトから気が付いて申し訳なかったんデスが・・・・

【いちぢるしくネタバレ】しちゃってマスねー(*T‥T*A``;;;
ホカのミナサンわ、ソコラへん気をつけてくださってるミタイ・・

ホント、自分の言いたいコトばかしで
気が付かなくて、ごめんなさいッ<(_ _*)>" ;;;

Re: 『手紙』のスレッド お茶屋 - 2006/11/15(Wed) 18:45 No.310

 >四季さん
お返事が遅くなってスミマセン。

>【いちぢるしくネタバレ】しちゃってマスねー(*T‥T*A``;;;
>ホカのミナサンわ、ソコラへん気をつけてくださってるミタイ・・

大丈夫、大丈夫(^_^)。
始めの方でネタバレ注意報を出していたと思いますので。
ここをお読みの皆さんは、おそらく気をつけて読んでくださったと思います。
気にしないでねー。
それより、書き込み、本当にありがとうねー!

テレビたけしの教育白書だっけ?面白くて11時ごろまで見たけど、親、先生、社会(親、先生以外の大人)の子どもへの接し方や、当人自身の品位まで問うような内容で、テレビをよく知る久米宏の「テレビ=社会の映し鏡」(暗にテレビと社会を批判しているようにも受け取れる)(テレビの中のお笑いの子どもへの影響力について大田光発言)発言もありました。

>社会人として責任を感じなくちゃイケナイんじゃないかなーと思いマシタ

そういう内容の番組になっていたように思いますです〜。



●あとがき
掲示板での遣り取りの数日後、『ヨコハマメリー』(2006年オフシアターベストテン第2位)を観ました。この中で長年メリーさんの散髪を無料でしていた美容師さんが登場します。80年代、社会がエイズにおののいていた頃、メリーさんの職業柄、この美容室がお客さんに敬遠されるという事態となりました。美容師さんも生活がかかっていますので、心ならずもメリーさんが来ることを断ったということでした。即座にケイケイさんと灰兎さんがおっしゃっていたのは、このことだと思いました。メリーさんはもちろん、美容師さんも気の毒だと思いました。でも、この美容師さんと『手紙』の重役氏を同列にはおけないと思いました。ただし、由美子の手紙に心を動かされて、わざわざ直貴に会いに来たことを思えば、重役氏を差別肯定者と言いきれるものではなかったとも思いました。結局、「世間とはそんなもん」であることに対して、個々の人間がそれを引き受け跳ね返していくパワーも必要だし、そんなに強い人ばかりではないので世間の構成員である一人一人が世間を改善していく心がけも必要だと思いました。

[うえ↑]
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