私も『インビジブル』になりたかったのに
私は時々、仙人になりたいときがあるのですが、
仙人だと俗世から離れすぎて映画を観れなので、
『インビジブル』の予告編を見てから、
その手があった「しめしめ」と思い直していました。
もし、透明人間になれたら、浮世の煩わしさ
から離れると同時に、映画も演劇も
コンサートも入場無料で観放題、聴き放題。
だけど、透明人間になるのにあれほど
苦痛をともなうなら、今のままでがまんします。
それにしても、セバスチャン(ケビン・ベーコン)は、
最初から最後までイヤなヤツで、
同情を買うキャラクターにしてないところが
バーホーベンです。
もちろんそれでいいのだけれど、
ケビン・ベーコンのファンとしては、
ちょっと憎まれ役すぎて可哀相。
透明になったらほとんどケビンでなくていい役なんだし、
もうちょっと彼の寂しさとか描いてあげて、
いやな奴だけど可哀相だったという風にしてくれたら、
ケビンびいきは救われたのに。
彼が選ばれたのは、声に特徴があるからか、
それとも鼻がジャンプ台みたいだから、透明人間になって
ビニール(?)被っても識別しやすいからか
と思ったりしました。
じゅうぶん楽しんだけど、生き残ったのが
あの二人というのは、芸がないですね。
あの二人がセバスチャンの言いなりになったがための、
惨劇なのにと思うと、殺された他の人がかわいそう。
セバスチャンも殺すしか能がないんですかね~。
なんとかして、彼らに透明化する液体を注射して、
みんな透明人間にしてしまえば、予想がつかない
面白い映画になったかもしれないのに。
そもそも、セバスチャンが元に戻れなくなったのは、
彼が透明のままでもっと悪いこと(いいこと?(笑))
をしたいがために、自分自身が液体に細工したと
思っていた私は、映画の見すぎでしょうか?(笑)