鼻持ちならんな〜『ミート・ザ・ペアレンツ』

ベン・ステイラーが演じた役は、名字がフォッカー
(誰でもすぐに「ファック」という
あまり上品でないとされている言葉を連想します。)、
宗旨はユダヤ教、職業は看護士でありまして、
これまでの彼の人生は
いつも被差別側であったろうと想像できます。
そして、そういう彼が主人公であるがゆえに
というか、ファレリー兄弟が被差別側であるがゆえに、
この映画全体に被虐的な
マゾっぽい空気が濃厚に漂っているのであります。
それはまあいいとして、
アメリカでも医者は社会的地位のある職業なんですね。
代々医者の家系の人が
看護士フォッカーを見下しておりました。
むかつくけど、それもまあいいとして(笑)。
まる
「なんじゃそりゃ」と思ったのは、
フォッカーは成績優秀だったので、
医者になろうと思えばなれたんだけど、
志があって看護士を選んだという設定です。
それまで踏み付けにされていたフォッカーを、
志があって看護士を選んだんだから
すてきな人でしょと両親たちに紹介するのはいいけれど、
「成績優秀」「医者になろうと思えばなれた」
ということにこだわりすぎているように思えます。
なぜ、彼女がこだわるかというと、
「成績優秀」「医者になろうと思えばなれた」
人だということがわかって、
はじめて彼氏を一角の人物として認めてもらえる
という意識が働いているからでしょう。
別に優秀じゃなくても、
医者になれなくてもいいじゃんねぇ。
彼女がフォッカーの成績が本当に優秀であること
を証明して見せるのは、
彼が嘘つきでないということの証明であると同時に、
成績で人物を計る父親たちの尺度に乗っかることであります。
それを何の批判もなく描いたファレリー兄弟は、
人に計られ踏み付けにされているフォッカー側にいるようで、
その実、人を計り踏み付ける側にいるのかもしれません。

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