ヤラセという "お約束" をどこかで明かさないと、
人は愉快に楽しく笑えないでしょう。
愉快な楽しい笑いには、安心感が必要なのです。
不安を煽ってはいけません。
だから、カーネギーホールで老女優が倒れたとき
ビックリした観客も、アンディが頭に羽を飾りイン
ディアンの祈とうしよろしく登場したときには、
ヤラセとわかり楽しめる余裕ができたと思います。
一方、知らぬが仏という言葉があるように、
ヤラセと知らないままの方がよい場合もあります。
アンディは癌に冒されて、フィリピンの診療所に趣き
超自然&超科学的な治療を受けますが、
彼はタネと仕掛けを目撃してしまい、
インチキ治療と知るのです。
この時、彼は自嘲気味に笑います。「今まで、
さんざん人をだまし、驚かせてきたけれど、今度は
自分か。フィリピンだぜ、おい。」
泣くに泣けないこの笑い。苦うございました。
泣き笑いといえば、アンディのお葬式は
泣き笑いでしたね。
スクリーンに映し出されたアンディの音頭で
隣り合った人たちが肩を組みいっしょに歌うのです。
こういう温かい笑いがラスト近くにあると、
映画のポイントがあがりますよね〜(^_^)。