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暗闇愛好家 はるばる世界旅



「おに瓦」前号の旅行記に触発されて、足の向くまま気の向くまま私も世界一周の旅をしてきた。まずは太平洋を渡り、アメリカ、ワシントン州の港町シアトルへ。


シアトル『めぐり逢えたら』 この町は最近の映画でよく舞台となっている。『リトル・ブッダ』では高僧の生まれ変わりの子供が住んでいたし、『アメリカン・ハート』では刑務所帰りのジェフ・ブリッジズが息子エドワード・ファーロングと暮らし始めた町だった。『マイ・プライベート・アイダホ』でもリバー・フェニックスやキアヌ・リーブスがストリートボーイをしていた。どの映画もスクリーンからなんだか湿っぽい冷たい空気が漂ってくる。それもその筈、『めぐり逢えたら』でニューヨークのメグ・ライアンがシアトルのトム・ハンクスに会いに行くと聞いた友人は「えーっ、あんな一年のうち半分は雨の降る町にー?」と仰天するのだ。メグ自身の台詞だったかもしれないし台詞も定かではないけれど、とにかく雨の多いところとわかって妙に嬉しかった。映画はハッピーエンドのロマンチックコメディー。特に海のそばのトムの家がロマンチックでいい。


サンフランシスコ『ミセス・ダウト』 サンフランシスコといえば坂道、路面電車、ゴールデンゲートブリッジ。今まで様々な角度からゴールデンゲートブリッジを見せてもらったけど、『ミセス・ダウト』のこの橋は新鮮だった。大きいし、やや下からだし。家政婦に化けたロビン・ウィリアムズが子供達と嬉々として自転車に乗っている爽快な場面にも合っていた。


チリ『愛と精霊の家』 『戒厳令下チリ潜入記』だったか、題名を忘れてしまったが、それ以来チリは二度目だ。なんだか物騒なところである。同じ監督なら『ペレ』(デンマーク)『愛の風景』(スウェーデン)がずっといい。ジェレミー・アイアンズがインディオの娘に生ませた息子、ヴィンセント・ガロの異様な魅力を土産に早々に立ち去る。


ジャマイカ『クール・ランニング』 明るい陽射し、レゲエのリズム。雪のない国ジャマイカで、ボブスレーの大特訓。オリンピックへ出場し、そこでは皆の笑い者。しかし、予選を無事通過、すべてはレゲエの心意気。決勝戦では涙をのむが、笑う者はもういない。泣いて笑ってスポーツコメディー、予期せぬ快作ここにあり。出演していたジョン・キャンディー急死のニュースにビックリ。昨年は『アダムス・ファミリー』のラウル・ジュリアも亡くなって悲しい。


アイスランド『春にして君を想う』 アイスランドは身も心も凍える寒さ。寒いからこそ黄色い花が咲き乱れ、たんぽぽの綿が舞う春が美しい。しかし、その春は思い出の春。老人には過去の思い出と、行く先には死しかないという厳しい内容がファンタジックに描かれていた。昔を思い出すことは後ろ向きの行為ではなく、忘れないことによって人生を豊かにする行為。←映画を見た友達と話し合ったことである。この映画のような老後はなるべくなら送りたくないが、もしそうなったら美しい思い出をたくさん持っていたい。


イギリス『フォー・ウエディング』 普通の観光旅行では目にすることができないイギリスの結婚式とお葬式を見せてもらった。イギリス男とアメリカ女の異文化すれ違いコメディーというよりも、服装や人と人との距離の取り方がなんとなくイギリスという感じ。細かい笑いがこちょこちょあった。インタビューを読んで、そのユーモアのセンスにかなり株が上がっていたヒュー・グラントだが、この映画でさらに上がった。チャーミングな役を演じて完璧だった。さて、次なる国はフランス。ドーバー海峡はやっぱり船で白亜の岸壁を眺めながら渡る。


フランス『木と市長と文化会館 または七つの偶然』 村の活性化のため樹齢数百年の木を切って文化会館を建てることの是非を問うた喜劇、と言うよりもフランスの自由の香りいっぱいのブーケ。喜怒哀楽を隠そうとせず言いたいことバンバン。市長さんにも愛人がいて当然。女の子はおしゃま、おしゃま。風景は透明感があって水彩画のように美しい。エリック・ロメール監督の映画を観るとフランス人は世界一人生を楽しんでいる!と思わずにいられない。


イタリア『サテリコン』 フランス人に負けず劣らず人生を楽しんでいるイタリア人だが、フランスあっさりに対してイタリアこってり。いささかの「えぐみ」あり。画面の隅から隅まで美術品。美男美女もそうでない人も独自のオーラを発揮。般若心経をはじめ何でもありのてんこもり状態。30年前の作品とは思えない新しさとパワーに驚きひれ伏すのみ。


イラン『友だちのうちはどこ?』 初めての国で目新しい物ばかり。まばたきするのを忘れていた。目上の人の言うことには絶対服従、子供は貴重な労働力という世界にもいささか驚いた。(次作の『そして、人生はつづく』ではイランも広く、都会ではこましゃくれたガキンチョがちゃんと育っているとわかる。)ノートを返そうとひたすら友達のうちを探す子供の姿にハラハラ。ラストの一輪の花では、凝視のため皿と化していた目に涙が湧いたのだった。


タイ『熱帯楽園倶楽部』 清水美砂の旅行添乗員がタイ人の風間杜夫と日本人学生の萩原聖人のコンビに詐欺に遭い、自らも詐欺師に転身、熱帯楽園倶楽部をエンジョイする。小学生のなぞなぞみたいな詐欺の手口が「これ、使えそう」というノリで結構おもしろかった。風景もタイでロケしたのかタイらしかったし、何より風間杜夫のタイ人が絶品なのだ。


中国『秋菊の物語』 秋菊は夫が大事なところを蹴られたのを蹴った村長に謝って欲しい。村長が謝らないので駐在に訴えに行く。それでも解決しないので省の公的機関に訴えるが駄目。果ては北京まで行って裁判になる、という訳で中国の北の方の田舎から市街地、そして北京まで風景や生活様式などを楽しめる。周りの者が「村長は反省しているが見栄があって謝れない。勘弁してやれ。」ととりなすが、「悪いと思うなら謝ってほしいだけ」と強情でありながら淡々とした秋菊の性格が愉快。また、国の制度は思うような方向に導いてくれず、皮肉な結果となったラストもほろ苦い。ドキューメンタリータッチの傑作。


韓国『風の丘を越えて』 紅葉が日本によく似ていた。自然は似ていても今の日本でこれほどスケールの大きい映画を撮れる監督は黒澤明以外思い浮かばない。星一徹、飛雄馬の「巨人の星」父子をはるかに超える芸道一筋の父と娘が主人公。パンソリ(詩吟のような発声法の浪曲みたいな歌)の極意である恨(ハン)を教えようと娘に毒を盛るのだ。恨というのが今一つ理解し難いが、単なる「恨み」でないことはわかった。主役以外の登場人物が類型的という欠点はあるけれど、歌の持つ迫力に圧倒されっぱなしだった。
いよいよ、帰国。でも、まだちょっと寄り道したい。


ニュージーランド『ピアノ・レッスン』 『エンジェル・アット・マイ・テーブル』では、いかにも牧羊に適した緑の広野が美しかったが、この映画ではジャングルもあることを教えられた。いずれの映画でも曇り空で湿気があってイギリスに似ていると思うが、実際はどうなのだろう。監督のマジックかもしれない。ギリシャのアンゲロプロス監督は観光パンフレットのような青空のギリシャを撮ったことは一度もない。映画の世界旅行にはマジックがあることを忘れてはいけないのだ。

さあ、やっと無事帰国。今度は『我が人生最悪の時』で横浜へ行こうかしらん。それとも寅さんと一緒に日本全国テキヤ行脚をしようかな。国内旅行もいいものです。

(1995年1月号)


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