ごあいさつ>作り始めたわけ

私が本格的に映画館で映画を見るようになったのは、1980年頃からなのですが、映画人口は減る一方で「テアトルとでん」「とでんホール」「名画座」の映画館が次々と閉館されました。

このまま映画人口が減り続けると、さらに他の映画館も閉館せざるを得なくなり、必然的に上映本数も減り、見たい映画を見れなくなってしまいます。
映画館で映画を見る快楽を覚えた私には、これはゆゆしき問題でした。

そこで、自分の楽しみを奪われないために高知の映画人口を増やすべく、おもしろい映画を見たら周りの人に吹聴し、映画館へ行くようにすすめました。また、月刊「私的映画通信パケラッタ」という手書きB4版の瓦版を作り、4、5人の友達に郵送したりしました。読んだ友達が映画を見たくなるように、自分自身も楽しんで80年代前半から91年秋頃(期間はちょっとうろ覚え)まで書きました。

90年代に入ると自主上映グループの上映が盛んになってきました。ミニシアター系の作品が、それまでに比べてたくさん上映されるようになったうえ、都会との上映の時差が短くなって、それまでは1年以上も待っていたものが数ヶ月で見れるようになりました。

しかし、上映会場の座席の埋まり具合を見ると、採算が取れるのか心配になりました。もちろん、これは主宰者の懐具合を心配したわけではなくて、採算が取れないと上映会を継続して行けないだろうから、私の楽しみが減ってしまう!という心配です。

そこで、上映会で配られる公開予定作品のチラシを集めて、それに私の紹介文を書き添えて数人に配りました。ちなみに、これが当サイトのコンテンツ「カレンダー」の前身です。

以上で私がこのホームページを作り始めたわけが、おわかりいただけたと思います。私は、自分自身の楽しみを奪われないために、若しくは楽しみを増やす(具体的には、高知の映画人口を増やす→映画館を増やす→上映本数を増やす→私の選択肢が増えるという皮算用の)ために当サイトを作り始めました。
それから私は、頭の中に映画をインプットしたら、感想や何やらでアウトプットしないとストレスがたまってしまいます。この点においても、当サイトを開設したことは、精神衛生上よいことだと思っています。