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■かるかん>キング・コング|ロード・オブ・ウォー
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キング・コング
赤ん坊の悲恋。
KING KONG
監督:ピーター・ジャクソン(2005年/アメリカ/186分)
アン・ダロウ:ナオミ・ワッツ|カール・デナム:ジャック・ブラック|ジャック・ドリスコル:エイドリアン・ブロディ|キング・コング:アンディ・サーキス|船長:トーマス・クレッチマン(『ゴッド・ディーバ』でニコポルを演じた人)

いやー、おもしろかったです!傑作だと思います。ピーター・ジャクソン、身を削っただけのことはありましたねー。(一年前の予告編にジャクソン監督自身が出てきたときは、あんまり痩せていて別人としか思えませんでしたもんね。)
さて、この傑作の第一幕はニューヨークから髑髏島に着くまで、第二幕は髑髏島でのサバイバル、第三幕はニューヨークでの大詰め、とまあ、全三幕のはっきり、くっきりした構成。各登場人物のキャラクターが立ち、中でも主要な三人(というか二人と一頭)のいずれの立場に立つかによって異なった趣になるという、一本で三度おいしい映画です。

●以下、ネタバレ気味

映画監督カール・デナムは、どこかオーソン・ウェルズを髣髴させるところがありました。資金の回収しか考えていないプロデューサー連をものともせず、自分の撮りたい映画を撮ろうとする狂気を孕んだ情熱。芸術家とは、かくあるべしというか、芸術作品をものしようと思ったら、ときには狂気やら山っ気やらが必要ですね。しかし、そんなデナムも第三幕では……。

アン・ダロウは、夢も希望も抱いては潰えた不運続きの女優で、自分に幸せは訪れないのではと、将来に不安を持つばかり。賃金未払いのまま劇場がつぶれ、一文無しで何食抜いたことか。そんなどん底状態のとき、デナムから映画出演の依頼があり、道中の船上で憧れの脚本家と恋仲にまで発展。このまま彼女は幸せになれるのか……。

そして、コングにつきましては、これはもう悲恋ものというのは、見る前からわかっておりましたが、う〜ん、実に美しい悲恋です。私は見ながら、コングに感情移入する男性が、世界中に五万といるであろうと思いました。
また、コングをちょっと好きになる女性も五万といるだろうと思いました。
だって〜、あれだけ護られたら、好きになるでしょう。打算なんてまるでないし、純粋だし。護ってくれるってところに男らしさを感じて、純粋性に可愛らしさを感じるとしたら、コングってモテルと思います。お守りが大変そうだから、私は遠慮しますけど。(と引く女性も五万といるに違いない(笑)。)
ジャクソン監督は、この二人と一頭の中では、一番コングに感情移入しているでしょうね。

●ネタバレ感想
第一幕で撮りたいものを撮ることに情熱的だったデナム監督は、第三幕で商業主義に転んでしまいました。なんか、山っ気が勝ったようです(笑)。

ナオミ・ワッツは、演技派ですね。素のアン・ダロウの演技、アン・ダロウが劇場でコメディを演じている演技、映画用の演技している演技を演じ分けています。おまけに、素のアン・ダロウの部分でも、憧れの脚本家に会うときの自意識過剰気味のところとか、アンがコメディエンヌであることを生かした演技になっています。
中でも一番感心し、感動的だったのは、脚本家ドリスコルが、アンを救いに来たときの表情です。髑髏島でコングと暮らすことを受け入れるしかないのかと思っていたところに現れたドリスコル。彼を見たときのアンの表情は、単なる喜びの表情ではありません。彼女がどれだけ幸せをあきらめきっていたか、それがわかるような喜びの表情でした。
アン絡みのエピソードでは、あらゆる失意の果てにも希望は存在するんだよという、娯楽映画にふさわしい前向きなメッセージを感じますね〜。

その他、気に入っているところ。
コングがアンを好きになるのは、美女だからというのではなくて、おもちゃとして楽しませてくれたからというところ。
ジャクソン版ジュラシックパークでのサバイバルは、本当に楽しかったです。あ、でも、谷底の巨大な虫の場面は、本当に嫌でした。座席の上で身をよじりながら見ました。
船長があまりにカッコいいので、もっと活躍してほしかったですー。
黒人乗組員と若い白人乗組員の擬似親子(兄弟)関係、よかったですー。
コングがニューヨークの町を壊して行くところは、気持ちよかったですー。
コングの最期は、もちろん、ちょっぴり涙でした。

もうちょっと気を遣ってほしかったところ。
髑髏島の原住民をあそこまでグロテスクに描く必要があったのでしょうか?ステレオタイプの原住民という以上にグロテスクなものを感じてしまいました。(ピーター・ジャクソンの病気が出たなという感じ(笑)。)

TOHOシネマズ高知1 2005/12/17


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ロード・オブ・ウォー
世の中に楽な仕事はない
LORD OF WAR
監督、脚本:アンドリュー・ニコル(2005年/アメリカ/122分)db
ユーリ・オルロフ:ニコラス・ケイジ|ヴィタリー・オルロフ:ジャレッド・レト|ジャック・バレンタイン:イーサン・ホーク|エバ:ブリジット・モイナハン|シメオン・ワイズ:イアン・ホルム|ドナルド・サザーランドはどこに出てたの?

おもしろかったですが、あまりいい気持ちのする映画ではありませんでした。武器商人について観客に啓発する意図があるようで、結末はアメリカの娯楽映画らしからぬ苦さです。でも、ちゃんと娯楽映画として成立しているので、アメリカ映画の底力と監督の知性を感じます。
監督、脚本のアンドリュー・ニコルって聞いたことあると思ったら、『ガタカ』(監督/脚本)、『トゥルーマン・ショー』(製作/脚本)、『シモーヌ』(監督/製作/脚本)、『ターミナル』(製作総指揮/原案)の人だったのですね。いずれも社会性がある娯楽映画なので、『ロード・オブ・ウォー』を作ったことが肯けます。

それにしてもニコラス・ケイジ、よくこんな汚れ役を引き受けたな〜。死の商人ですからね〜。
まあ、主役が武器商人であろうとも、作品自体は武器商人を否定する意図があるわけですから、ニコラス・ケイジもやる気になったのでしょう。あいかわらず存在感があり、「武器商人も人の子」であることを表現できており、彼が主演だからこそ娯楽になりえたとも言え、感心しきりです。

●ネタバレ感想

だいたい、タイトルバックからして私は「ウゲ〜ッ」でした。ある一個の弾丸の主観映像がつづくのですが、製造されて無造作に箱詰めされて、輸出されてアフリカかどっかの港に着いて、どこかの戦地で弾込めされて……となれば、もう製造段階からその弾がどうなるか、映像の予測はつくわけでして。
武器商人を否定する意図のうえに作られた映画であっても、このタイトルバックのように描き方が冷笑的なので、あまりいい気持ちはしないのです。(音楽の使い方も、ユーモラスというより皮肉っぽい感じ。)

国際刑事警察機構のバレンタインは良心の人で、武器商人ユーリと真っ向対決するのですが、ユーリにかなわんのです。俳優としてもニコラス・ケイジ対イーサン・ホークじゃ、イーサン、線が細いもん、負けてます。正義のある方が負けてるんで、これまたあんまりいい気持ちがしませんでした。

線が細いといえば、ユーリの弟ヴィタリー役のジャレッド・レトも。消え入りそうな震える声で、儚いわ〜。ジャレッドは、死んだり殴られたり薬物中毒になったりの役が多いような気がしますが、こんなに線が細くて可愛かったら被虐の役を振られるのは仕方がないか(笑)。でも、死の商人は嫌だという真っ当な心を持つ者が殺されるのは、あまりいい気持ちはしませんわね〜。

イーサンもジャレッドも小粒ですが、ユーリの妻役のブリジット・モイナハンは、ゴージャスで繊細で、ニコラス・ケイジにも負けていませんでした。

苦い結末は、作り手が観客に現実を突きつけたということであって、甘い夢を見せるだけの娯楽映画とは異なるパワーがあるわけですが、私としては甘い夢を見せてほしかったな〜(とほほ)。

TOHOシネマズ高知1 2005/12/23


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