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■かるかん>私は貝になりたい |
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私は貝になりたい 寝ちゃったんで大きなことは言えませんが(^_^; |
真面目に丁寧に作られているので好感が持てた。しかし、中居正広(清水豊松)、仲間由紀恵(清水房江)の浮世離れした美貌がマイナスに働いて、地に足がついた市井の人の感じがあまり出てなかったように思う。また、雄大で美しい風景が見れたのは嬉しいが、とってつけたような感じ(登場人物がピョーンとワープしてその場所にいるという感じ)でもったいなかった。 この作品では、矢野中将(石坂浩二)は捕虜を処刑するつもりはなかったが、命令の仕方が曖昧だったため、清水豊松は処刑命令と受け止めて殺したということになっているらしい。(「らしい」というのは、そこらへん、寝てたから(^_^;。)このため矢野中将も清水も罪に問われ処刑される。情状が酌量されず惨いことだと思うと同時に、戦後64年経っているので別の視点をプラスしてもよかったと思う。 軍隊では上官の命令は絶対だが、その命令自体が軍法や戦時国際法に違反していたら従った者も罪に問われる、ということを私はアメリカ映画で学んだような気がするが、この作品にはそういう視点はまったくないように思う。もし、その視点があれば、清水は殺したことを少しは後悔したのではないだろうか。「絶対服従の命令に従っただけなのに」という気持ちに「あのとき命令に従わなければよかった」もプラスしてはどうかと思う。でも待てよ、「命令に従わなければ自分が殺されていた」っていう状況だったのだろうか?大事なところで眠ってしまった;;;;。 矢野中将は、自分の命令が曖昧だったことを悔やんで部下に頭を下げ、マッカーサー宛てに(?)責任は自分にある、部下は釈放してほしいと嘆願書(?)を書く。立派な人物であることが印象づけられる。そのうえで、原爆を投下して民間人を殺した責任者を弾劾するので、「そうだ、そうだ!」と思った。作り手は、戦争犯罪について、勝った国と負けた国で裁きに不均衡があることを糾したかったのだろう。矢野中将の立派さに、夫を救うため「戦犯のためにどうして」と言われながら200名の署名を集めた房江の苦労が霞んだ。 TOHOシネマズ高知5 2008/12/13 |
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