いのちの停車場

今まで見た成島出監督作品はどれもハズレがなくて信用している監督だ。成島監督作とわかっていたらもっと早く見たのに。今回も裏切られることはなかった。金沢の街、いい雰囲気に撮られていたなぁ。
しかし、もっとも大事なところで寝てしまって、母に白石先生(吉永小百合)は父(田中泯)を安楽死させたのかどうか尋ねると、そこはハッキリ描かれてなくてわからなかったから私に尋ねるつもりだったとのことだった。
やけにサッパリした表情で朝焼けを眺める白石先生を見ていると、どちらとも取れる表情と言うよりは、どちらにも似つかわしくない表情で、自分が寝ておきながら、やや不満が残った。話の流れでは殺したんだろうなぁ。人権感覚が乏しい人が代議士になれる国で安楽死とか尊厳死とか合法化するのは百年早いと思っているが、それについて市民が考えなければ始まらない。本作はいのちを考える材料としては最大公約数的というか当たり障りがないというか、大して考えないうちに忘れてしまう作品のようにも思う。
芸事をつづけたい女性(小池栄子)、並木・夫(泉谷しげる)に介護・看護され看取られる並木・妻(松金よね子)、ふるさとで人生の幕を閉じようと帰ってきた元官僚(柳葉敏郎)、再生医療に挑戦する半身が不自由となった社長(伊勢谷友介)、ふるさとで前向きになりもう一度ガンの治療に向き合った白石先生の知り合い(石田ゆり子)、小児ガンの女の子(佐々木みゆ)。皆、本人の希望(意思)のとおり闘病している。というか院長(西田敏行)以下、まほろば診療所職員は患者の希望を叶えるため懸命だ。その延長線に白石先生の父がいるわけだ。
広瀬すずと松坂桃李が出演してくれていてよかった。桃李くんは、「これだけ・・・」というCMを見るたびコメディのセンスあるわ~と笑わせてもらっていたが、何でもできるね、『孤狼の血Level2』が楽しみ。田中泯は、足元がおぼつかない具合がリアルだった。
(2021/06/16 TOHOシネマズ高知3)

世界で一番しあわせな食堂

どうってことのない話なのにとてもよかったなぁ。
食は健康の源。しかも美味い。医食同源を今更のようにフィンランド人がありがたがるのが面白かった。中国人観光客とか中華街とか、中国パワーがフィンランドにも行き渡っているようだ。
小学生の息子を連れて人を探しにやって来た中国人の料理人チェン(チュー・パクホン)と、現地の食堂を切り盛りする女性シルカ(アンナ=マイヤ・トゥオッコ)のラブストーリー。それに食堂の常連(持病あり)のお年寄りが絡んだりする。
景色もよかったが、シルカのチェン父子との距離感がとてもよかった。始めは知らない者同士、でも、不親切ではない。過剰に親切でもない。少し距離が縮まってもプライベートに立ち入らない。ぎくしゃくの父子にサッカーを勧めたり。妻を自転車事故で亡くしたチェンは息子が自転車に乗るのが嫌なのだが、シルカはそれを知って気の毒には思っても息子は自転車に乗りたいのだからと線引きがキチッとしている。
常連さんがチェンをサウナに誘ったりするタイミングも自然でよかった。
常連さんのシルカへの思い遣りもさりげなくてよかった。チェンの妻はどうしているのか聴いた方がいいとか、チェン引き留め作戦(?)、筏でのひととき、アコーディオンの伴奏での歌、いいなぁ~。
トニャカイも美味いし、景色もいいし、人との距離の加減がこんなに自然で絶妙なら、世界で一番しあわせなところで間違いにゃいと思う。
(2021/06/12 あたご劇場)

HOKUSAI

もっと面白いかと思って見に行ったけれど、そこまで面白くならなかったのはなぜだろう。若北斎(柳楽優弥)と老北斎(田中泯)のどちらも目力があり、俳優に助けられた作品だと思う。
若北斎と老北斎に共通したセリフ「こんなときだから描くんだ」には、『うたのはじまり』で齋藤陽道が「生存本能の発露」と言ったことや、新型コロナ禍で意外にも追い詰められていた熊川哲也や、10年前の東日本大震災のとき自分の仕事に意義があるのかと考え込んだ数々のアーティストを彷彿させられた。
予告編で「おおっ!」となった場面=突風にあわてふためく人々を目に焼き付け、瞬時に記録しようとする老北斎がコミカルで真剣でやっぱり一番面白かった。
蔦屋、写楽、種彦など、エピソードを思い出しても面白いのに、どうしてこうなったのか。不思議。
(2021/06/05 TOHOシネマズ高知4)

熊川哲也 カルミナ・ブラーナ2021

面白かった!
メイキング部分は要らないのにと思いながら観に行った。しかし、熊ちゃんは老けても「圧」も「熱」も若いときのマンマだということと、その人でさえ新型コロナ禍における混迷は不可避であったこと(他の表現者も推して知るべし)がわかってよかった。また、オーケストラのリハーサルにも立ち会い、指揮者に修正を要請し、それが直ちに修正されていた。ダンサーも同様。プロって凄い。(それとも編集?)こうして良いものを作ろうとする人たちを見るのは良いものだ。

そして、本編は映像作品として完成度高し。ドローンの使用が一般的になって、カメラアイが舞台上を無闇に動く映像を見るのはあまり好きではなかったが、ここでは大変効果的に使われていて文句なし。引きで撮ったり寄りで撮ったり、いったい何台のカメラを使っているのか。速い動きはちゃんと引いてくれているので目が回ることもなし。

振付は、このうえなくわかりやすい。多分、振付家の意図が明確に伝わっていると思う。アドルフ(関野海斗)が誕生して「ハイル・ヒトラー」のポーズを取ったのには少し驚いた。今やナチスもヒトラーもファシズム(国家主義、全体主義)から離れて悪の象徴(絶対悪)となっており、この作品もファシズムとは関係ない。

アドルフは無邪気に触れるものを死なせたり操ったり。あるときは天使と戯れたかったのに意図せず死なせてしまい、孤独に沈んだりもする。悪いことばっかりしても可愛いので皆許してくれたけれど、オイタが過ぎたので神様(熊川哲也)が「もう、お前の時代は終わりじゃ~」と仕舞をつける話と受けとめた。
本当は初演の話を少し変えて、新型コロナに打ち勝つ人類の話にしたのだそうな。それを知ったうえで観ても「どうだっ」と言わんばかりの熊ちゃんの登場は神様にしか見えない。ローザンヌで踊ったときの動画がyoutubeにあるが、キレッキレの踊りの締めに「どうだっ」という大見得がホンマにスカッとする。インタビューなどで「どうだっ」感が出るのはあまり好きではなかったが、話を聴くと日本のバレエ界のことをよく考えたうえで動いていることがわかって感心し、公演を観るとKバレエは裏切らないなーと思い応援したくなった。
そして、やっぱりKバレエは裏切らない。ソリストはもちろん群舞の皆さんも上手。白鳥(成田紗弥)、よかったなぁ。

カルミナ・ブラーナは、切迫感のある有名なフレーズが重くて腰が引けていたが、当然ながら1時間もあの音楽が鳴っているわけではない。合唱、独唱、素晴らしい!天使の場面での子どもの合唱もよかった。
また観たいなぁ。よい作品は元気が出る。
(2021/05/29 TOHOシネマズ高知5)

【演出・振付・台本】
熊川哲也

【音楽】
カール・オルフ

【舞台美術・衣裳デザイン】
ジャン=マルク・ピュイッソン

【出演】
アドルフ:関野海斗
太陽:髙橋裕哉
ヴィーナス:小林美奈
ダビデ:堀内將平
サタン:遅沢佑介
白鳥:成田紗弥
神父:石橋奨也 ほかK-BALLET COMPANY

特別参加:熊川哲也

【指揮】
井田勝大

【ソリスト歌手】
今井実希(ソプラノ)
藤木大地(カウンターテナー)
与那城敬(バリトン)

【合唱】
新国立劇場合唱団

【児童合唱】
NHK東京児童合唱団

【管弦楽】
シアター オーケストラ トーキョー

Kバレエ・カンパニーのwebサイトよりコピペ)