武士の献立

能登のゆべし食べた~い!帰宅して、まず「ゆべし」を検索した。なにせ初耳の食べ物だったので。色々種類があるそうだが、和菓子タイプより珍味・保存食タイプに関心あり。・・・・というのは置いといて(笑)、刀ではなく包丁で加賀藩に仕え明治維新まで代々存続できた武家の話というより、意外にも夫婦の話だった。お家騒動と饗応の宴を背景に、安信(高良健吾)と春(上戸彩)が本物の夫婦になっていくといった感じだ。武士の矜持を捨てきれない安信の若さや、料理上手の出戻り娘春のしっかり者加減がメインなのだが、お貞の方(夏川結衣)と大槻(緒形直人)のエピソードや、大槻側について決起する今井(柄本佑)とその妻佐代(成海璃子)の運命や、安信の両親(西田敏行と余貴美子)のキャラクターも面白く楽しかった。料理はあまり美味しそうには見えなかったが、饗応の宴の膳の数々、大皿の品々には迫力があった。でも、印象に残るのはゆべしである。上戸彩がもう少し芝居が出来れば感動もできたろうに、そこは残念なところだった。

監督:朝原雄三
(2013/12/22 TOHOシネマズ高知1)

永遠の0

とてもよかった。
『パール・ハーバー』(マイケル・ベイ監督)と比較しても遜色がない特撮(というか私はこちらの方がよいと思う)もいいけれど、まず、話が面白い。孫が祖父(夏八木勲)とは別に血縁の祖父がいたことを知り、特攻で亡くなったその祖父について調べていくと戦友だったはずの人たちから「臆病者」「卑怯者」だったと言われる。特攻で亡くなっているのに臆病者とはこれ如何に。更に聴き取り調査をつづけて臆病者と言われた訳(死にたくない訳)はわかったが、それなら、なぜ、特攻を志願したのか。謎が謎を呼ぶ推理もの仕立てだ。
締めくくりは、戦争体験者にはそれぞれの物語があり、それを直接聴けるのは今のうちだからよく聴いておこうというもので、語れる人がどんどん少なくなっている今の時代にふさわしい作品だと思った。また、ここで語られた戦争末期の話が今に通じる話として私には響いてきた。

宮部久蔵(岡田准一)の考えは、「自分が死んでも兵隊の補充は利くが、妻(井上真央)や子の人生は大きく変わってしまう。そう思うと死ねない、死にたくない。」というものだ。私の考えも似ていて、「優先順位をつけておくと悩まないですむ。まず、自分が第一、その次が家族、三番目に趣味と言えればよいが、やはり仕事か。雇われ人は機械の部品にすぎず換えが利くが、家族にとってはオンリーワン。壊れてから休むより壊れないように休もう。」というものだ。
戦闘時に戦わず待避していたという宮部は、本当なら脱走兵扱い、軍法会議ものではないだろうか。現代に生きる私は軍法会議に掛けられる心配はなく、有給休暇を取る権利があるので(同僚が忙しくしているのに悪いなという若干の後ろめたさをクリアすれば)宮部のように「卑怯者」と言われることなく仕事から待避できる。ただし、メンタルなどで休職者が増えてきたりして職場にますます余裕がなくなると、管理職や人事畑へ向けるべき矛先が別の向けやすい方に向くのではという心配はある。もう何十年も前に「企業戦士」という言葉や「24時間、戦えますか。ビジネスマン、ビジネスマ~ン!」というCMがあったけれど、今、ブラック企業で働かされるのは「特攻」と言いたくなるような状況だ。

宮部久蔵が特攻に志願したのは、心の健康を損なったことと、家族と教え子の間に優先順位をつけられなかったことが原因だと思う。いい人過ぎるのも考えものだ。景浦(新井浩文)みたいに常軌を逸しているくらいの人が、過酷な状況でも平静でいられるのかも。でも、景浦の真似はようしないので、もしものときは「どんなことがあっても生き残る努力をしろ」という宮部の言葉のお陰で生き残った井崎(濱田岳)を目指したいものだ。

監督:山崎貴
(2013/12/21 TOHOシネマズ高知7)

プレーンズ

『カーズ』まんまのような気がしないでもないが、『カーズ』はどんなだっけ(^_^;。いや、まあ、楽しかった(^_^)。世界一周の最初の方でちょっと寝てしまったのが残念だけど、ボロボロになったダスティにレースの参加者から色んな部品が贈られたところはちょっと感動した。やっぱり正々堂々フェアプレーが正解やねぇと。
個人的には、「農薬散布用飛行機サイコー!」と嬉々として働いていたおじいさん飛行機が好きだ。
『カーズ2』でも日本はえらく贔屓されていたが、今回もサクラという飛行機が登場して畳の部屋で休憩したり、準主役級のメキシカン飛行機とラブラブだった。けっこう目立つキャラクターだったので、やっぱり贔屓にされているなと思った。

PLANES
監督:クレイ・ホール
(2013/12/21 TOHOシネマズ高知9)

ゼロ・グラビティ

素晴らしい!『マトリックス』みたいにエポックメイキングになりそうだ。
予告編でもその映像の美しさと宇宙空間での絶体絶命のサスペンスが伝わってきて、大好きな監督の作品だし、ものすごく期待していたが、その期待を上回った!
オープニングからして目を見張る。青い大きな地球の縁の白い点がこちらに近づいてくる。スペースシャトルとわかってからも、そのシャトルといっしょに近づいてくるこれまた白い点は何だろうと思ってずーっと観ていた。
回転しながら遠ざかるライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)。ライアンを捉えたカメラが、いつの間にか彼女のヘルメットの中に入って彼女の視点で宇宙を捉える。音もそのように作られている。ヘルメットの中に入った瞬間、彼女の息づかいが近くに聞こえるのだ。
本当の宇宙では音がしないというわけで、ライアンが手前であせっているシーンの背景で、宇宙ゴミがぶち当たった人工衛星が無音で木っ端微塵になる。音と映像と無音と黒味。映画の4要素フル活用。
宇宙で事故に遭い地球に帰還できるか否かという話はサスペンスフルで言うことなし。それより主人公の孤独を深く描いたので哲学する作品になったところが凄い。
邦題を「無重力」にしたのは、若干アイタタタである。ライアンが娘の死という重しを「生きる力」に変換した。生還したとき感じた地球の重力は、生きている実感、生きる喜びなのだ。

マット・コワルスキーは、演じたジョージ・クルーニーその人のように思えるくらいピッタリだった。「嫌な予感がする」と軽口を叩いていたけれど、命綱を自ら外すようなこともシミュレーションしていたのではないだろうか。宇宙へ行くならジョージ・クルーニーと。この映画を観た人は、男女問わずそう思うに違いない。

GRAVITY
監督:アルフォンソ・キュアロン
(2013/12/18 TOHOシネマズ高知5)