ゼロ・グラビティ

素晴らしい!『マトリックス』みたいにエポックメイキングになりそうだ。
予告編でもその映像の美しさと宇宙空間での絶体絶命のサスペンスが伝わってきて、大好きな監督の作品だし、ものすごく期待していたが、その期待を上回った!
オープニングからして目を見張る。青い大きな地球の縁の白い点がこちらに近づいてくる。スペースシャトルとわかってからも、そのシャトルといっしょに近づいてくるこれまた白い点は何だろうと思ってずーっと観ていた。
回転しながら遠ざかるライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)。ライアンを捉えたカメラが、いつの間にか彼女のヘルメットの中に入って彼女の視点で宇宙を捉える。音もそのように作られている。ヘルメットの中に入った瞬間、彼女の息づかいが近くに聞こえるのだ。
本当の宇宙では音がしないというわけで、ライアンが手前であせっているシーンの背景で、宇宙ゴミがぶち当たった人工衛星が無音で木っ端微塵になる。音と映像と無音と黒味。映画の4要素フル活用。
宇宙で事故に遭い地球に帰還できるか否かという話はサスペンスフルで言うことなし。それより主人公の孤独を深く描いたので哲学する作品になったところが凄い。
邦題を「無重力」にしたのは、若干アイタタタである。ライアンが娘の死という重しを「生きる力」に変換した。生還したとき感じた地球の重力は、生きている実感、生きる喜びなのだ。

マット・コワルスキーは、演じたジョージ・クルーニーその人のように思えるくらいピッタリだった。「嫌な予感がする」と軽口を叩いていたけれど、命綱を自ら外すようなこともシミュレーションしていたのではないだろうか。宇宙へ行くならジョージ・クルーニーと。この映画を観た人は、男女問わずそう思うに違いない。

GRAVITY
監督:アルフォンソ・キュアロン
(2013/12/18 TOHOシネマズ高知5)

炎上

金閣寺との心中物語。世の中、みな汚い。心のよりどころであり、たった一つ残された美しいものである金閣寺を、美しいままで残すには美しいままで葬るしかない。自分が死にたくなったから金閣寺も燃やしたのか。金閣寺を葬るしかないと思い至ったから自分も死ぬ決意をしたのか。

私は、悪の華、戸刈(仲代達矢)のような人物は苦手で、どっちかというと純粋無垢な溝口(市川雷蔵)の方がいい。だって美しい~。綺麗な目だった~。雷さまは溝口その人になりきっていて、ほんまもんの役者やなぁ!少年少女諸君、汚れた大人になったらいかんよ~。でもまあ、半世紀くらい生きつづけると「老師(中村雁治郎)のような世俗にまみれた大人でも、『自分は住職の資格はなくなったかもしれぬ』と悩ましき反省の弁をのたまうのだから、人間としては上等の部類ではないか」と思うようになるでしょう。

それにしても三島由紀夫の描く純粋さってイマイチ私の好みではない。排他的なあまり刃ちっくなのだ。山岸凉子の「パニュキス」という作品が私は大好きなのだが、純粋さというのは確かに排他的なところがあって、主人公のネリーも子どもの頃は排他的だった。その純粋さは利己的だけど無邪気なもので、夢想ちっくなのが三島作品と異なる。ネリーは純粋性を保ちながら大人になる。ちょっと読み返したくなったな。

驟閣寺(しゅうかくじ)は金閣寺。

監督:市川崑
(小夏の映画会 2013/12/15 龍馬の生まれたまち記念館)

天国の門 デジタル修復完全版

昔、ビデオで観て面白かったけれど、これはスクリーン向きだと思っていた。だから、ぜひ、スクリーンで観たかった。本当に観られてよかった!
それで檄文を書いた。
この映画をスクリーンで観ずして何とする。

覚えているシーンは皆よいシーンなので、あのシーンがよかった、このシーンがよかったと延々と書けそうな気がする。
ストーリーもかなり面白いと思う。ラストシーンが、なんじゃこりゃで驚愕した(笑)。ラストシーンのお陰で、ジム(クリス・クリストファーソン)がエラ(イザベル・ユペール)との結婚をためらっていたのは、そういうわけかと納得したが、戦争が終わったところで映画も終わったらカッコよかった。エラは戦争で死んだことにすればよかったと思う。そうせず引っ張ったのはチミノらしいとも思うけど。
キャラクターは、女心のわからぬネイト(クリストファー・ウォーケン)が不憫で、卒業式で(変に)輝いていたビル(ジョン・ハート)のその後の情けなさは天下逸品だった。
大好きな映画がまた増えて嬉しい。

HEAVEN’S GATE
監督:マイケル・チミノ
(2013/12/15 あたご劇場)

キャプテン・フィリップス

いやはや凄まじいばかりのサスペンス。緊張が持続するゆえ気分が悪くなるほどだ。これは『アンストッパブル』(トニー・スコット監督)、『ラブリー・ボーン』(ピーター・ジャクソン監督)級だと唸った。
大型貨物船と海賊ボートの海原チェイスのスケール感。救命艇に移ってからは息苦しいほどの閉塞感。ネイビーシールズの夜間の活躍に、事件の片がつく夜明けの海もいい対比だった。映画的魅力も充分なのだ。

秀逸なのは、ソマリアの海賊側の描き方だ。貨物会社の雇われ船長リッチ・フィリップス(トム・ハンクス)は、仕事に出かけるとき見送りの妻(キャサリン・キーナー)と「我々の時代と違う」と話し合い、子どもの就職の心配をしていた。どこの国にも社会的な問題はあるけれど、ソマリアの問題はより深刻で、仕事(海賊)に出かける前のムセ(バーカッド・アブディ)の無気力な様子や、獲物を追跡中の仲間との遣り取りの殺伐感は『闇の列車、光の旅』(キャリー・フクナガ監督)の比ではない。精神の荒廃ぶりに寒気がしそうだったが、後半、フィリップス船長との遣り取りを観ていると、ムセの置かれた状況が何だか悲しくなってきた。貨物船の雇われ乗組員は海賊と戦うほど給料をもらってないと不平を言っていたが、ムセたちにもボスがいて奪ったものは吸い上げられるので、実行部隊の彼らは貧しいままである。それにムセの夢といったら(涙)。アメリカは今現在も貧しい人々の憧れの国なのだ。ここまで描けるとは一級の娯楽作品だと思う。

船長が人質にされた実話が基になっているので、日本人が外国で人質になった事件を思い出した。ペルーはまだしもイラクのときは日本政府は国民の命を守ろうとしなかったことが、アルジェリアのときは外交パイプが弱く情報を取れなかったと言われていたことが苦い。
それと比較すると流石アメリカなのだが、ネイビーシールズのあまりの活躍ぶりに色々考えさせられもした。シールズ隊長(マックス・マーティーニ)、カッコイー!!!『パシフィック・リム』の父ちゃん!というのは置いといて;;;。ソマリア語ができる交渉人の登場には感心したけど、結局アメリカ政府はすぐ人を殺す(犯人側が大抵銃を持っているせいかもしれないけど、たとえ自国民であっても躊躇なし)。人質奪還のためとはいえ外国の軍隊の入国を許す国があるとは思えないけど、アメリカなら許可がなくても踏み込んでいきそうだ(^_^;。

それにしてもフィリップス船長は人質になってもよくしゃべる。年端のいかない海賊たちへの人道主義的親切心には感心した。トム・ハンクスにぴったりの役柄だった(拍手)。

CAPTAIN PHILLIPS
監督:ポール・グリーングラス
(2013/12/13 TOHOシネマズ高知5)