聴覚検査はパスしても、わーわー系とボソボソ系は苦手。この映画はわーわーガーガー系でとても聴き取りにくく、大仰な演技とやたらとカメラを振り回されることに最初から疲れてしまい、「3時間もあるなら寝てもいいや」と寝た(^_^;。
けれど、やはり力作。たいしたパワー。いろいろ触発されるところがあり、見た後、誰かと話したくなる。
ハイライトシーンは、DV夫に従い帰ろうとしている花菊(木竜麻生)を古田(寛一郎)が身体を張って止めようとするところ(相撲に戻れと)。中濱鐵(東出昌大)の飛ばす檄がオーバーラップ。その檄に奮い立たされるかのように、ひ弱な古田が暴力夫に挑み続ける。そして、再度タイトルの「菊とギロチン」が赤い文字で挿入される。瞬時に「肉体と言葉」か!と閃いた。
このシーンまで古田や中濱などのギロチン社の面々(彼らだけではない)の中身のなさにうんざりしていた。女相撲の面々の身体感覚を伴ったどん底感、どすこい感と対比されて、(恐喝や殺人など色々行動しているのに)口先だけの輩に見えてしまっていた。自由を求める女力士に共感して純粋なのねとは思ったけど。
・・・・要するに何ごとも成し得なかったギロチン社の二人が、言葉と行動で女一人を自由にした、成し得たという話。作り手が彼らに花を手向けた感がある。
エピローグでギロチン社の面々の氏名と成り行きが挿入される。(中濱が処刑って厳しい。扇動(言葉)って権力者にとっては怖いものなのね。)女相撲は名前も成り行きもなし。架空の人々だからだろうけれど、アナーキストは名前が残るが女相撲は残らないのかと何だか複雑な気持ち。
大正デモクラシー、モガ、モボとか、そういうイメージもあるし、大正から昭和初期の激動期は、幕末・明治維新に劣らず面白そうだ。
(2019/07/06 高知オフシアターベストテン上映会 高知県立美術館ホール)
おまけ
かつて、大相撲の土俵に上がった女性がいた。地方巡業で起きた前代未聞のできごと