クロース

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選択の失敗

始まって1分もしないうちに「あたたたた」とこの映画を選んだことを後悔した。私の辞書には「反省」はあっても「後悔」はないはずなのに。年間100本あまり見ていた頃なら、こういう映画もヨシとしたものだけれど。作り手が主役のきれいな男の子だけを見ていたい(あるいは見せたい)、それだけの作品に思えてしかたなかった。私はこの映画に何を期待して見に来たのだろう????と思い続けていた。男の子の一人は実は女の子でしたという話かなとか、何の気なしに勝手に面白そうと思ったのであった。反省して今後は、予告編くらいはチェックして映画を選択しようかと思う。
それで、この映画の始まる前に『イノセント』の予告編を見て、あまりの怖さに見るのをやめにしたのはよかった。
ところで、この人を見ていたい、あるいは見せたいという作品を一つ思い出した。宮崎あおいの『害虫』だ。感想を書いていたので、うん十年ぶりに読んで素晴らしい作品だとあらためて思った。
(2023/11/16 あたご劇場)

愛にイナズマ

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アベノマスクの最高の使い道

石井裕也監督の作品は『茜色に焼かれる』『ぼくたちの家族』『舟を編む』『川の底からこんにちは』しか観ていないが、ユーモアがあって私とは相性がよく、『愛にイナズマ』も笑って泣いて元気になって劇場を後にした。世知辛い世の中で理不尽な目にあっても耐えて働く日々と、色々あっても愛のある家族のよさと、倫理的に許しがたいことに対するロケットパンチの爽快感とがあり、お天道様のもと真っ当に生きている人たちへの応援歌となっている。アベノマスクなどの風刺も効いており、主人公が撮ろうとしている映画のタイトル『消えた女』が映画の終盤、別のタイトルに変更されるのも機知に富んで実に楽しかった。

今、思い出しても映画監督(商業デビュー)を目指してへこたれない花子(松岡茉優)には元気をもらえるし、花子の恋人で妖精のようにふわふわな正夫(窪田正孝)を見ていると優しくなれそうな気がするし、昔は暴れたこともあったらしいが今や「ですます」調で正座が似合うキリスト教徒になった花子の父、治(佐藤浩市)にはフツフツと笑いが込み上げてくる。花子の兄たち(池松壮亮と若葉竜也)もそろってバリバリやり合うシーンは笑いっぱなし。脇役もキャラクターが立っていてバーのマスター(芹澤興人)がグラスを落とすところなんかサイコー(^o^)。それに、花子を首にしたうえ企画まで奪ったプロデューサー(MEGUMI)と助監督(三浦貴大)のむかつく態度と言動がいかにもありそうで、特に三浦貴大がこんな嫌な役が抜群にうまく出来るとは思ってなかったので感心した。そして、デビュー当時から大好きな俳優、益岡徹がこれまたいつものようにピッタリの役柄を温かく演じて素晴らしかった(拍手)。そうそう、むかつく社長(高良健吾)には、あまりにも劇画チックでこんな人いないでしょうと思ったけれど、それには布石があって花子が実際に目撃した人物を脚本に書いたところ、プロデューサーと助監督から「そんな人あり得ないでしょ。もっと人間を観察して。」と言われていたのだった。つまり、この作品の中であり得ないと思われる人物がいたとしても、それ、実際にいるんです~という作り手の叫びが聞こえるようになっている(笑)。現実と現実らしさの狭間を行き来するのがフィクションだと改めて知らされる。
正夫が、空の親友(仲野太賀)に向かって「生きててゴメン」というところは切ない。自分だけ幸せになってゴメンという思いと、ゴメンと言うほど幸せだという思いに泣きそうになった。
(2023/11/09 TOHOシネマズ高知5)

二泊三日の一人旅

2014年に岡山県に行ってから幾年ぞ。旅に出たいと思いつつ仕事はあるは介護はあるは新型コロナはあるは。弟が残業の比較的少ない職場に異動したので家族のお世話を任せて旅に出た。

1日目の目玉は、うん十年ぶりの中土佐町立美術館。ちいさな美術館にちいさな作品。ほとんど貸し切り状態で、ゆっくりしても1時間くらいで観られるし、ずっとまた行きたいと思っていた。中土佐町立美術館大賞の作品募集や、受賞作の展覧会を開催しているのも魅力だ。只今、開催されているのは「食と暮らしと絵と~ちっくと味見したいちや~」展。好きな作品がいっぱいで写真を撮りまくった。道の駅なかとさも再度行ってみたいし(カフェ「風工房」もこちらに移っているし海賊焼きのお店もある)、時間をみつけて是非また行こうと思う。

中土佐町立美術館(公式ページ)
道の駅なかとさ

二日目は、三原村で硯づくりと落款印づくりの体験をした。1966年に原石が再発見され、数名が硯づくりを始めたところ評判がよく、1982年には三原硯石加工生産組合が設立されたとのこと。原石の採掘から加工販売まで行い、硯づくりで生計をたてられるくらいだったので組合員も多かったそうだが、現在はワープロ、パソコンの普及で書道人口が減り、組合員は6名(だったかな(^_^;正確な人数を忘れてしまった)で各人は別に収入を得ながら在庫の原石を活用しているとのことだ。
硯づくり体験は工程のどのくらいの割合になるかと尋ねると、原石選びから完成までを10としたら、2割から3割くらいとのことだった。硯はほぼ完成形にしてくれていて、彫ったのは海の部分だけだが充分楽しく、固い部分があったりして石の個性を感じることができた。砥石や紙やすり(三種類)での磨きの工程はほぼ体験出来たと思う。体験をサポートしてくださった壹岐さんが、再々、硯を洗い布で拭いて乾かして磨けてないところを色鉛筆でなぞって教えてくれた。私が落款印を彫るのに悪戦苦闘している間に、硯の仕上げ(海と陸以外のつや出しのためのコーティング)もしてくださった。もう一人の体験者をサポートしていた組合員さんが話していたが、昔は本漆でコーティングしていたそうだ。土佐硯加工製作所に滞在したのは10時から15時半までで、お昼の休憩が30分くらい。だから5時間弱は硯と落款印づくりの体験をしていたわけだが、当然硯の方が時間がかかった。両方の体験はとても楽しく、成果品にも愛着がわく。

土佐硯一岐工房←体験プログラムの予約をしたサイト。

三日目の目玉は、足摺海洋館「SATOUMI」。初代海洋館も見応えがあったが、二代目はそれを上回る見応えで、これなら年間パスポート(2回行ったら元がとれる)もアリだと思った。水族館だから展示室に入ったら当然水槽があるという思い込みは見事に裏切られた。森から始まり、ヤモリやアオダイショウ(サンショウウオは水のないところにいたのに濡れているように見えたのはなぜ?ときどき水が出てくるの?)、でっかい黄色のテントウ虫までいて、これは飼育がたいへんだーーーと思った。こんな見たこともないテントウ虫をどうやって増やすの???森の次は渓流だ。ヤマメ(だったか、メモらないと忘れる(^_^;)が飛び跳ねて石を越え一段上の上流へ達する瞬間を目撃できる。カワウソもいた。桂浜のコツメカワウソしか見たことなかったので、その大きさに驚いた。いつまで見ていても飽きない。渓流の次は汽水域。砂浜に上がって産卵するウミガメは汽水域の終わりのコーナー。ここでは仁ノから長浜の現在と過去の写真を並べ、いかに砂浜が減っているか、産卵不可能になっているかの解説があった。コンクリート製の護岸が砂浜がなくなる原因だとなんとなく思っているが、それがウミガメに影響しているのだな。ウミガメコーナーと階段コーナーでは大きな窓から竜串の海が見えるようになっており、開放感のある水族館だ。お次はいよいよSATOUMI。今、山と人里の緩衝地帯である里山が人口減のため荒れ果て、熊が人里まで下りてくることが問題になっているが、里山に倣った「里海」なんだろう。子どもの頃、里山に遊山に行ったりしたが、里海でもそんな風に親しんでほしいということなのかもしれない。竜串の湾で見られる岩(フェイク)に囲まれた大きな水槽にいろんな生き物がいる。ときおり波(フェイク)もある。ヒトデの鮮やかな色に驚き、鼓岩というものがあることもわかった。(水族館を見た後は浜まで出て本物の鼓岩を見ればよかった。)漁具にひそむ生き物も。別の水槽ではタコがおり、水槽のガラスに吸盤をくっつけながらよじ登っている。40歳を超えてからページをめくるのに指先に吸盤がほしくなったが、あのみごとな吸盤がガラスから易々と離れ、器用に登っていくのに見とれた。くっついたら離れそうにないものが、あんなにも軽々と、いったいどうやってるの?帰ってきてSATOUMIのサイトを見ると毎週金曜日に定員5名で館長がツアーガイド(予約制で13時半から50分ほど)してくれるそうで、次は予約して質問してみたいものだ。里海の次は、遠くの少し深い海の生き物。鰯も鯖も生きていると、百倍きれいだな~。魚介類食べ物コーナー、ウミウシとクラゲコーナー、小さい生き物コーナー、そして、おしまいが深海魚コーナーだ。展示室を出るとそこは売店。お土産を買って家路についた。

足摺海洋館「SATOUMI」

およそ20年ぶりの幡多地方だったわけだが、道がずいぶんよくなっていた。行きは一般道路のみ、帰りは自動車専用道路のあるところはすべて利用した。これなら竜串まで日帰りも可能だ(しないけど)。お天気がよく海が本当にきれいだった。
(2023/11/03-11/05)

ライオン少年

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中国の今をかいま見る

オープニングの獅子舞のアニメーションに気分上々(^o^)。このまま平面アニメで行ってくれてもよかったけれど、後はCGアニメになっていた。いずれも、キレッキレの獅子舞がカッコよく「やんややんや」だった。
お話はやせっぽちでいじめられっ子風の主人公が都会で働く両親に会いたいと一念発起、仲間とともにその都会で開催される獅子舞競技に出場するべく師匠について鍛錬するも、両親が帰郷したと思ったら父が意識不明の大怪我ゆえだった。家族を支えるため今度は彼が出稼ぎに行く。そして、ついに競技の日が来てという、逆境に負けそうな人への応援歌、あるいは不屈と挑戦の心を励ます作品になっていた。

そういう本来の作品の面白さの他に、今の中国を垣間見られるのも魅力だ。
南の方は春節の頃、半袖でいいのかと驚いたし、植生も南方風で納得。挿入される歌に英語の歌詞が一部付いていたりで、日本と同じだと思ったり。他にもいろいろ気がついたことがあったのに、早忘れてしまった。

獅子舞競技で決勝の対戦相手は、最後の棒に乗ろうともしなかった。低い棒から高い棒へと舞いながら飛び移っていくのだが、最後の棒は世の中には乗り越えられないモノがあるという、いわば戒めの棒のため本来、挑戦不可なのだ。ところが、主人公は挑戦しようとする。これは困ったことになった。挑戦が成功すれば、戒めを破ることになるし、不成功に終われば映画がどっちらけで終わってしまう。どうするかと思っていたら、鮮やかなラストシーンに唸った(拍手)。
(2023/10/26 あたご劇場)