TOKYOタクシー

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「TOKYOタクシー
遺したいもの」

山田洋次監督は、俳優を魅力的に見せてくれる。木村拓哉はあまり好きではないのだが、この作品も『武士の一分』もよかった。彼の硬派な一面が生かされていたと思う。

思わず落涙したのは、タクシー内ですみれさん(倍賞千恵子)がすみれさん(蒼井優)と手をつなぐところだ。若かりし頃のすみれさん側に立って観ていた私でさえも、あの熱湯じょじょじょ事件には若干引いてしまったのだが(すごいリアルやった)、裁判所のすみれさんには「それでよし」と思っていたし、子どもに先立たれて十分痛い目を見た人だし、罪も含めて人を肯定的に描いているところに感動した。

すみれさんは一期一会のタクシー運転士(木村拓哉)に遺産を遺したが、映画としては観客に町と人の歴史を遺したかったのかなと思った。原作映画があるというので『パリタクシー』も動画配信で観てみた。ほぼ原作どおりだったことがわかった。『TOKYOタクシー』では運転士がお金の必要な理由が始めに明かされていたが、『パリタクシー』は最後まで伏せられていた。『TOKYOタクシー』は最初からネタが割れている感じだ。でも、それで家族を取り巻く社会の状況がより鮮明になっている。『パリタクシー』の方は運転士の不安やいらだちがマダムとの出会いでやわらいだことが強調されていて、町の歴史よりも一期一会の交流に重きが置かれている感じがした。
(2025/11/30 TOHOシネマズ高知5)

私の今年の漢字

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「良」

今年の漢字は予想どおり。「熊」でした。
私の今年の漢字は「良」です。
1月の終わり頃から左胸の手のひらサイズの痛みが脇から背中へ広がりましたが、3月の初め頃から痛みが薄らいできて良かった~。
2月初めには足の爪がめくれて、ちぎってしまおうかと迷ったものの元のとおり指に載せて絆創膏を貼っていたら数ヶ月後にはくっついて良かった~。
5月には腹を立てて床ドン!して右踵を骨折。家事などきょうだいに助けてもらい、7月には松葉杖も返却できました。良かった~。
9月には蛆が湧き、夜中に羽化した蛾が2,30匹飛び回り、どこから!?と思ったら米からで、米袋の中だけに収まらず、物置(半畳くらい)の大掃除をしました。3人役で半日仕事でしたが掃除でスッキリ。良かった~。

このほかにも色々あったので、県外の展覧会へ行くのは自粛。それでもビアズリー展へは購入した単眼鏡を持って行けたし。原画は思ったより少なかったけれど、印刷と原画が並べてあるのを観ると見分けがつかなかったから無問題(白黒絵の強みかな)。オスカー・ワイルドがイメージしていたサロメの例に、なんとモローの水彩画が展示されていて、単眼鏡を持って行って良かった!後期ビアズリーの点描画も単眼鏡で観ると脅威を感じました。ビアズリーは毒と攻撃「性」と繊細さゆえ好きではないのですが、7歳から結核を患い25歳で亡くなるという、人生で尖った時期しか生きられなかったのだものね、無理もないです。後期作品は毒気が抜けたとはいえ執念とも思える描き込みようで、描くことなしには生きられなかったのでしょう。でも、やっぱり惹きつけられるのは「サロメ」などの好きではない作品でした。この日はコレクション展でシャガールの版画集を三作品まとめて観ることができました。「ダフニスとクロエ」「サーカス」、あと、なんだっけ(^_^;、自伝的なやつ。ちゃんと観ると、いいね!シャガール。

秋から父の訪問介護(お風呂)と運動機能維持のリハビリで週3回、専門の人に来てもらっています。自分も書道教室、俳句教室、ヨガで1週間がふさがってしまい、映画などの時間を要するイベントになかなか行けなくなりました。タイミングが合って観てきた『TOKYOタクシー』は感動して毛筆での感想は書いているんだけど本文を書く気力が失せてしまいました。

それにしても私の単純な頭では、「中国と戦争します」と言ったも同然の首相が高支持率なのは熊より怖い年の瀬です。しか~し、個人的にはいろいろ抱負があり「来年が楽しみじゃのぅ」。
皆さまもよいお年をお迎えください。って、早い?

宝島

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宝島 HERO'S ISLAND
翻る

久々に直情径行の雄叫び映画を観たような気がする。声を大にすると煙たがられる風潮の中、このような映画を作るのは勇気が要ったのではないだろうか。コザの暴動シーンは圧巻で(素晴らしい)、そこへ行くまでの熱量もなかなかのものだった。今に続く本土市民の無関心と政府の沖縄への仕打ちだけでなく、闘いに武器を持つか不屈の精神で言葉を尽くすかという普遍的な問題までも描き、3時間の上映時間に倦むところはなく堂々たる力作だった。ところどころよくわからないところがあったが(むにゃむにゃ)。

武器を持たないと話にならないというレイ(窪田正孝)に対して挫けず話し合うべきだというグスク(妻夫木聡)。そのグスクが次の瞬間には武器を手にしてしまう。そうなのだ。非戦とか戦争反対とか言っている平和主義者も、不安になる情報には防衛本能が働いて考えるより先に戦争に突っ込んでいくだろう。本能、反射、感情のやっかいさについて、最近よく考えていたのでグスクの言行不一致は、よくぞ描いてくれました状態だった。

オン(永山瑛太)は亡くなっているんじゃないかと思いつつも、どでかいことをやってくれ!という期待もあった。だから、基地内の出来事がわかってみると、ちょっとがっかり。でも、ちょっと待ってプレイバック。がっかりするのは間違っている。人一人の命を救うって大変なことだ。確かにヒーローだ。ただし、せっかく救ったその命が奪われるとは、虚しいぜよ。

危惧していたのは、沖縄の苦境を描くと「沖縄県民vs本土人(本土の人)」となってしまいがちなことだ。残念ながら、本作もそこから脱却できていないと思う。沖縄、被爆者、水俣病などなど、困ったときは少数派。多数派の市民が無関心でいるうち、お鉢が回ってくるというところまで描いた映画「日本国市民vs政府(その背後)」(深作欣二的監督作)を観てみたい。

美術の師匠のおすすめにより、動画配信で観た沖縄が舞台のドラマ「フェンス」(5話完結)がめっぽう面白かった。レイプものだからムカつくところもあるが、コメディエンヌ松岡茉優の空手アクションも爽快にフィクションはこうでなくっちゃという結末だった。
(2025/09/28 TOHOシネマズ高知1)

鬼滅の刃 無限城編 第一章猗窩座再来

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「鬼滅の刃 猗窩座再来 花火」

橋田壽賀子脚本のドラマのように全て台詞で語ってくれるので、若干うるさい感じはあるものの、単細胞の私には非常に楽ちんでイイ!また、義理人情・家族愛をベースとしており浪花節調なのもイイ!更に、鬼の悲哀も実に泣ける。
実際、鬼は哀しい生き物だ。人間も同じで、鬼殺隊の面々も戦いのときは、どっちが鬼だかわからない形相だ。愛する人を殺された復讐であれ、同様の犠牲をこれ以上出さないためであれ、「必死」になるということは生き物の悲しさのように思う。(残りの(私の)人生、必死にならなくてよいように切にお願いします(-人-)。)

今回、まず胸が痛かったのは、身体が小さく力も弱いため鬼の首を切れない柱の存在だった。この人は尋常ではない努力をしているはずなのだ。他の人にはない能力を身につけてもいる。それでも、ある一点が及ばないため敗れてしまう。勉強でもスポーツでもプロの勝負事でも、そういう人は五万といるだろう。この柱のように命が掛かっているわけではないからいいようなものの、努力と気概の量に応じて敗れたときの心境は筆舌に尽くしがたいものがあるのだなあ。やっぱり、努力はしないに越したことはない。気概も考えものだ。この柱にけっこう同調して観たものだから身に堪えてしまった。

猗窩座の見た目、イイね!足腰の安定感、ドシンと強そう。猗窩座はヤングケアラーだった(ToT)。感心したのは花火。画面にも台詞にも花火の「は」の字も出てこないうちに、花火を感じさせる演出がところどころにあったのだ。「なんか花火みたいだなぁ」なんて思いながら観ていたら、ずばり花火がでてきてエピソードではなく作画で伏線を張っていたのだと気がついた。伏線というより猗窩座への思いやりのように感じた。

3時間弱の上映時間だけど、思ったとおり戦闘場面だけでなく回想場面があって助かった。動体視力が弱いので戦闘場面はついていけないが、歌舞伎の見得のようにカッコいい体勢のカットがあるので、それも助かる。キャラクターも話も漫画だからこそ、真剣な場面にも笑えるところがある。(無限城に底があるんで~!(驚))
(2025/09/03 TOHOシネマズ高知8)