ブリューゲルの動く絵

これは目のご馳走だ。絵画そのものの美しさが横溢している。小さく描かれた遠景の人々が微妙に動いているのも面白い。
一枚の絵について、映画で懇切丁寧に解説してもらった感じがする。赤い服はスペイン軍の服とか。モチーフが蜘蛛の巣状に配置されているとか。粉ひき風車は神の視点とか。疲れていてものすごく眠かったので、全編うつらうつらしながら観たのが本当にもったいない。ブリューゲルの絵はあまり好きではなかったが、今後観る機会があったら、もっとよく観ようと思った。そして、他の絵画もこのように解説してもらえたら、どんなに楽しいだろう。ぜひ、シリーズ化してほしい。

ブリューゲル(ルトガー・ハウアー)/マリア(シャーロット・ランプリング)/ニクラース・ヨンゲリンク(マイケル・ヨーク)

THE MILL & THE CROSS
監督:レフ・マイェフスキ
(こうちコミュニティシネマ 2012/05/19 メフィストフェレス)

なすび


親の話となすびの花は、千に一つも徒はなし。いやいや~、数年前、突然、片耳が聞こえなくなったとき、父は「そのうち治る」と言ったのだった。耳鼻科に行くと「1週間ほうっておくと治すのが難しい」と言われたぞ。

我が家は昔、胡瓜や茄子のハウス栽培をしていた。箱詰めを手伝わされたこともあって、新鮮な胡瓜や茄子はトゲが痛いのなんの。特に茄子は、トゲが刺さるのでイヤだった。久々にトゲに気をつけなくちゃって感じ(^_^)。

ビジネスとは

ジェームズが始めたビジネスは、俳優の卵のためのワークショップだった(裸の写真集でなくてよかった(笑))。
ジェームズ自身、俳優になり立ての頃、カメラの前でどうしてよいやらわからなかったので、失敗を恐れたりプレッシャーを感じずに演技力を磨けるところがないものか、先輩俳優や一通りのことを知っている人に教われるところがあればいいのにと思っていたそうだ。それで、そういう場を作ったとのこと。

7月28~29日の二日間、10時から18時までみっちりと。もちろん場所はリバプール。44,000円は、俳優の卵(駆け出し?)にはちと高額な授業料だけど、講師陣は皆プロだし、いろいろ費用がかかるだろうからねぇ。なんとか収支トントンくらいにはなってほしい。
教えることは、習うより何倍も勉強になるので、ジェームズのためにもなると思う。続けられるように受講生が集まりますように。

講師陣を見ると(俳優は)、これまでの共演者たちばかり~(^o^)。いろいろ想像してしまう(笑)。
それにしても、すごい行動力だなあ。

公式サイト
Broken Leg Workshops
演劇でブロークン・レッグと言えば、演技がうまくいくという意味なんだとか。

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BrokenLegWorkshops

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Broken Leg Workshops

デジタル・スパイの記事
‘Emmerdale’ star James Sutton launches acting course

少年

昨年の福島第一原発の事故の際、テレビにかじりついていた私たちは、政府は事実を公表したがらないということを学んだのだから、先頃、北朝鮮が「人工衛星と称して弾道ミサイル」を打ち上げるというときに、政府発表を鵜呑みにした人は多くはないだろうと思う。しかし、津波警報の出し方について、「命令調の方がよかった」などという被災者の声を聴いていると、お上的なものに頼り主体性を持とうとしない方向に流れていく心性を危惧しないではいられない。
また、ゴールデンウィークの新聞(憲法記念日だったろうか)に澤地久枝さんにインタビューした記事が載っていて、澤地さんは戦争を経験して政府は信用できないことを学んだと言っていたのだが、私は次の言葉に衝撃を受けた。それは終戦後、政府の言うことを鵜呑みにしてきたことに「恥と罪」を感じたということだった。

そんな日々を過ごしているところへ『少年』を観たものだから、終盤で少年が雪で作った宇宙人が日の丸に見えた。雪像に赤い長靴は「白地に赤く日の丸染めて」の日の丸(お上)ではないか。少年は、宇宙人像に向かって体当たりし、壊す。少年にとって宇宙人は正義の味方で頼みとするところのものだったのに。大島渚も政府に体当たりしたかったのだろう。それとも政府を当てにして堪るかという意思の表明だろうか。
こういう見方が許されると思うのは、この映画がのっけのタイトルバックから日の丸だったからだ。家族が行く先々の軒先に日の丸が掲げられている。極めつけは、家族が泊まった部屋の奥にたくさんの位牌があり、その背後の壁は大きな日の丸で覆われている異様な場面だ。この場面で少年の父(渡辺文雄)は戦争で受けた肩の傷をさらし、障害があるため働き口もないと息巻く。もはや位牌は「お国のために」死んで行った兵士たちとしか考えられなくなってしまう。(生きている者、死んだ者に対して責任を負うべきではないかという作り手の声が聞こえてきそうだ。)

少年には子どもらしいところもあるけれど、作り手の観念を背負ったような言動に見えることもあった。日の丸のことと合わせると、青年の主張のような観念先行のゴツゴツした作品に見えるが、大変やわらかく繊細な場面もある。私は義母(小山明子)と少年の気持ちが通じ合うブランコの場面が素晴らしいと思う。継母であることを気にしている母は、自分を好きになってほしくて帽子を買い与える。ところが、少年がその帽子をどんなに大切にしているかはちっともわかってない。少年は母のことが嫌いではないのだが、当たり屋をしながら転々とする暮らしより田舎の祖母がよいのだろう、“家出”を試みたりする。
そんな二人が並んでブランコを揺らしながら、もう少しお金が貯まったら当たり屋をやめて普通の暮らしをしようねと約束し合う。二人の声の調子、小さな公園、ささやかな願い。ハートがあるからこそ残ってきたし、残っていく作品だと思う。

監督:大島渚
(小夏の映画会 2012/05/13 あたご劇場)