竹﨑和征-雨が降って晴れた日 Takezaki Kazuyuki”A Sunny Day After Rain”

「当地の現代アーティストを県民に紹介したい!」という県美の学芸員の叫びが結実した企画のようで、栄えある第1回にふさわしく多数の県民が好きになるんじゃないだろうか。風のように軽く、水のように透きとおった感じが心地よく、お茶屋美術館に収蔵したい作品(やっぱり基準は好きなもの、自宅に合うもの)がいくつもあった。ちょっと温かみも感じるので熊谷守一の猫を土コーナーに、竹﨑さんのどぜうを水コーナーにして・・・・。無造作に見えて細かいところがキチッとしている。竹﨑さん、細かいキチッとした人やろう!?
大方が観た風景を頭で混ぜて描いた作品とのことで、緑が多いことにホッとする。風景を描いているのに砂漠色ばかりだったら悲しい。
それから、水平線ぽいものやテトラポットっぽいもの防波堤ぽいものを感じたため、海を感じた作品がいくつかあったけれど、ぜんぜん違ったみたい(^_^;。
作品「十市」はどこかで観たと思って帰宅してから、県民文化ホールの緞帳だと気がついた。無関係なのにスンマソン。
解説も一生懸命(何回も)読んだけど、ぜんぜん頭に入らず。出ようとしたところ写真撮影可に気づいて、解説を撮影し帰宅してから読めてよかった。作品数は62点。ゆっくり観て1時間くらい。ちょうどのポッチリ。この調子で2回目も楽しみ。

あつめてのこす 高知県立美術館のコレクション←観てないのに書いた感想。県美の学芸員の叫びを引用している。
(2020/11/13 高知県立美術館)

劇場版 鬼滅の刃 無限列車編

天狼よ鬼より怖い刃なり

弟の勧めがあり、アニメを無料動画配信で見た。続きが見たくなって劇場に行った。
笑いあり涙あり、相変わらずモノローグが多過ぎだけど、歌舞伎か大相撲みたいに力が入った!
煉獄さんも炭治郎も善逸も伊之助も無意識が表に出ている人たちで、こういう人たちを善人と言うのだろうなぁ。多分、私の無意識も見えている部分とあまり変わらないと思う。幸せなことだ。
鬼たちの無意識は見えている部分と違うのだろうなぁ。鬼舞辻無惨やお館様はどうなのか。魘夢は成仏したので、もう誰であれ無意識を見せてくれることはないだろうけど。

鬼殺隊は皆日本刀を使うのかと思ったら、日本刀ではない刃物を持っている柱もいるみたい。しかも鞘もなく剥き身だった。う~ん、もう少し刃物の扱いに気をつけてもらえまいか。よい刀は鞘に収まっているという名言もあることだし。
刃物はあくまでも道具であって怖いのは扱い方だ。このアニメはTVのときからマジ怖だが、劇場版ではますます恐ろしかった。ひぇ~ん;;;;(善逸風)。
刃物を使わず血清(?)で鬼を治療しようとする鬼のドクターと弟子がいたので期待。
(2020/11/13 TOHOシネマズ高知9)

おらおらでひとりいぐも

沖田修一監督作品と知って、母を誘うんじゃなかったと思ったが、もう約束していたから行った。やはり「わからんかった。まあ、年がいったら独りということよ。」と言う。
わからなかったと言っても、主人公が若いとき家出して東京で出会った夫に先立たれ、子どもも独立して独りになったことも、三人の男が主人公の心の声と言うことも、地球が生まれて人類にまで生命が受け継がれてきたから生きねばと主人公が思っていることも理解していた。要するに「わからんかったということは、面白うなかったということよ。」なのだそうだ。

桃子さん(田中裕子)は、若いときの桃子さん(蒼井優)と同じで違っている。(今桃子さんのゴキブリ殺しが傑作だった。)夫(東出昌大)に先立たれた寂しさを自由にしてくれたのだと合理化している。ものは考えよう。よく生きれるように考えればイイと思う。若桃子と今桃子とでは、今桃子に分がある。今桃子の方が生きているから。自分の道を行くとき、自分らしくあろうとするとき、生まれ育った土地の言葉は大切だと思う。もし、土佐弁禁止になったら息苦しい。

寝て起きて食べて医者へ行って図書館へ行って、たまに娘と孫が来て・・・・と高齢になると一日の行動パターンが六つぐらいで終わってしまうそうだが、大正琴、太極拳、卓球のうちもっとも活動的な卓球をすることにした桃子さん。見習いたいものだ。
(2020/11/12 TOHOシネマズ高知5)