A Study in Scarlet
「緋色の研究」というタイトルは誤訳だというのをどこかで読んだ記憶がある。それでだろう。「緋色の習作」と訳したものもあったと思う。どうして誤訳なのか気にかかっていたんだけど。
きみがいなかったらぼくは出かけなかったかもしれないし、こんな生まれてはじめての面白い研究を、あやうく逸するところだった。そう、緋色の研究というやつをね。たまには、少々絵画的な表現を使ったってかまわんだろ?(東京図書、シャーロック・ホームズ全集第3巻P84、中野康司訳)
このあとベアリング=グールドの注が入っている。
(略)この時代絵画にはしばしば「何々色の研究」という題がついていた。たとえばホイッスラーには「緑と金色の夜想曲」と題する作品があり、また彼の母親の肖像画はしばしば「黒と灰色の研究」と呼ばれた。
なるほど、絵画だと「研究」ではなく「習作」というもんね。
だけど、ホームズは上記の引用に続けて、
(略)人生という無色の糸かせのなかに、殺人という緋色の糸が一本まじっていて、われわれの仕事は、そいつを解きほぐし、ひき抜いて、端から端まですっかり白日のもとにさらすことなんだ。
と言っているので、「緋色の研究」でいいじゃないかという気がしてくる。ただし、「緋色の習作」と訳したのなら、それなりに続きを訳すだろうから、結局原書を当たらないとわからない。そこで、ふふふ、いつか読む日もあるだろうと思って買っておいた原書を引っぱり出して・・・・・と思ったが、いつか読む日は決してあるまいと処分したことを思い出した(爆)。まあ、あったとしても読めないので処分して正解である。(話のタネになってよかった。)
で、久々に読んだ「緋色の研究」は、これがめっぽう面白い。ホームズ27歳のとき、ワトソンと出会い、同居を始めて間もない頃の事件だ。ワトソンの一人称で書かれた第1部は、珍種人間に出会ったおどろきに満ちている(笑)。第1部の最後で犯人ジェファーソン・ホープが劇的に捕縛され、第2部は、事件の発端となった十数年前のアメリカでの物語となる。これがまたドキドキハラハラの連続で、ドイル卿は読者の心をわしづかみにするのが本当にうまい!
BBCの「シャーロック」第1話「ピンク色の研究」で犯人はタクシーの運転手だったが、こちらは辻馬車の馭者。毒薬とダミーを用意して、相手にどちらか選ばせて同時に飲むというのもBBCは踏襲している。まことのシャーロッキアンは、「シャーロック」を観てそういう相似性や微妙な違いを楽しめるのだろうが、私は本を読み返してBBCとの違いを楽しんでいる。
「シャーロック」シリーズ3は「空き家の冒険」から始まるだろうから、それまでに読み返して、まことのシャーロッキアン風にも楽しむぞ~(笑)。
ジェームズ・ホイッスラーの「灰色と黒のアレンジメント 第1番 画家の母の肖像」
「緑と金色の夜想曲」の画像もあった。
Arrangement in Grey and Black No.1
Nocturne: Blue and Gold —Old Battersea Bridge