シアターホリックの夕ごはん会「零れ落ちる女たち」

アルコールがあったらちょっとした「お客(宴会)」になりそうな雰囲気というか、アットホームな感じがまさに「夕ごはん会」だったので、とても気楽にすごせた。ごはんが終わってデザートまで出てコーヒーで一服して・・・という頃合いに前方から呼びかけられて、自己紹介を始めた人がいると思ったら、それが朗読劇の始まりだった。導入部、うまい。

働く気もなく自宅もなく女性の間をフラフラしているシンイチと、4人の女性の物語。ユキ先輩や姉のようなサチコが「やめときな」と言うのに、モエコちゃんはシンイチに夢中で、私も「もう~、やめちょき(呆)」と最初は思ったのであったが、モエコちゃんはそんなシンイチでも充分幸せそうで、「う~む、本人がいいなら傍でとやかく言うことないか」と思い至り、私の周りでモエコちゃんみたいな人が現れても「何も言うまい」と決意した。そういえば、瀬戸内寂聴さんも「放っておけ」と言ってたことだし。いや~、なんかタメになる劇だなぁ。

ところどころ笑えるところがあって(「カレー麻婆めん」、それはないろう(笑))、カジュアルな登場人物のカジュアルな恋愛模様をカジュアルに描いていると思った。役者さんがみんな上手なので、本人が心情をいちいちナレーションするのをもっと減しても思っていることは伝わる気がした。落語が好きなのでト書きは最小限にと思うのかもしれない。場面状況(どしゃ降り)を「ザー」「ザー」と役者さんに言わせたのは、うまいト書き表現で面白かった。

作・演出:松島寛和
(2013/09/20 サホエリカフェ・アルモンテ)

「シアターホリックの夕ごはん会「零れ落ちる女たち」」への5件のフィードバック

  1. お茶屋さん、こんにちは。

     楽しめたようで何よりでした。これからもちょくちょく行ってあげてください。
     心情をナレーションで説明するのは最小限にするほうがいいのは、芝居や映画に限らず、小説でもそうですよねー。地の文で語るのは野暮ですもん。
     もっとも、ト書きというのは、小説の地の文とは違って、場面状況しか説明しないのですが、確かに落語は、話芸としてのト書き表現が絶妙ですよね。
     松島さんは落語も好きで、芝居公演の開演前に座興のような形で落語を披露していたこともあるんですよー。

  2. ヤマちゃんに誘ってもらったお陰で、当地もいろいろ楽しめることがあるものだと思いました。改めてありがとうございました。

    ナレーションとモノローグとト書きは違うもので、ト書きは普通読みませんよね?ト書きを読むのがナレーションなのかな?よくわかりませんが(笑)。まあ、決まったものでもなく、色々なんでしょうね。

    >地の文で語るのは野暮ですもん。

    橋田壽賀子さんを反面教師にすればいいのかな(笑)。

    松島さんは落語がお好きでしたか。座興の他にもお芝居に生かしていらっしゃるのでしょうね(^_^)。

  3.  少し整理をすると、こういうことかと僕は思っています。

     ナレーションというのは「語り」という手法のことであって、登場人物でないことが多いけれども、登場人物のうちの誰かが担う場合もありますね。その対象は、場面状況もあれば、心情説明もあり得るもので、基本的に小説の地の文のようなものを音声にしたものという気がします。で、ナレーションというだけでは、どっちの説明とも限らないように思います。
     モノローグというのは「独白」ですから、登場人物の内心の声として、主に心情を語ることが多く、場面説明はあまりしないように思います。
     ト書きというのは、台詞以外の場面状況や役者の動きなどの説明で、心情説明のようなものはあまりしないような気がします。

     橋田壽賀子は、地の文どころか、台詞でとことん説明しつくした上に、さらにナレーションで心情説明もしてのける、想像力駆逐派の巨人ですからねー(笑)。反面教師には、確かにイイかも。

  4. ナレーション、モノローグ、ト書きの整理、ありがとうございました。

    想像力駆逐派の巨人>橋田壽賀子

    うまい!拍手。
    (^o^)

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