百日紅 Miss HOKUSAI

久々に好きな作品に遭えてとても嬉しい。だけど、いわゆる感動作ではない。芸術家の話としても、女性が主役の話としても、家族の話としても、江戸風俗の話としてもなんだかピントが合わない。好きな作品なのに焦点不明では落ち着きが悪いので、自分なりにどこにフォーカスするかを考えて、これは「見ること」(あるいはsound and vision、若しくは感覚)についての作品だと思いつくと、私としては非常に据わりがよろしくなった。

北斎のところの居候善次郎は、絵師なんだから意識してものを「見る人」だ。北斎とその娘お栄は、意識して「見る人」なのはもちろん、「見える人(見えすぎる人)」でもある。お栄の妹お猶は、盲人で「見えない人」だ。
お栄が「見える人」なのは、北斎から受け継いだ才能のような気がするが、北斎は描きたいがための欲が高じて「見える」のではないだろうか。お栄には、欲はあまり感じられない。初五郎と芝居を見るチャンスと乙女心をときめかせていたのに、見事に失恋して、芝居の切符(木札)を隅田川に捨てたのはもったいないことだった。芝居なんていい画題なのに。また、北斎、善次郎、国直がそろってどこぞの花魁(だっけ?)の倶利伽羅もんもんを見に行くのに、お栄はあまり関心がなさそうだった。男のスケベ心を抜きにしても、どんな倶利伽羅もんもんなのか、見たくはなかったのだろうか。絵師として勉強になるだろうに。つまりは、自分が描けると思ったものについては、それ以上に「見る(知る)」気が起こらないのだろう。枕絵が描けてないと思ったから陰間茶屋にも行ったわけで。

北斎はもっともっと描きたいし、だから、もっともっと「見たい」のだと思う。その強欲が、お猶の分の視力までも奪ったのかもしれないとつぶやく。お猶が耳が聞こえないとかの病気だったら、北斎も怖がらずに娘に会えたのではないだろうか。「見えない」恐怖は、娘への愛情よりも大きかったのだろう。

当のお猶にとっては、「見えない」ことは恐ろしくも何ともない。橋の上で下で色んな音を聞いたり、冷たい水に手を浸したり、雪の中で追いかけっこをしたり、そして、タライの中の金魚を見たりもする。

結局、私にとっては見ることの素晴らしさに溢れた作品だった。黒雲の中の竜も、夜中の町を飛ぶ伸びた手も、芙蓉も百日紅もされこうべに見えた白木蓮も、陰も日向も、北斎漫画の筆さばきも、ひるがえる裾も、甘酒屋の婆様の足取りも、人を踏みつけて行った仏像も、いつの間にか大きくなった犬も、あらゆるものが愛しい。「見ること」が好きな映画ファンは、必見だと思う。

監督:原恵一
(2015/05/20 TOHOシネマズ高知3)

「百日紅 Miss HOKUSAI」への3件のフィードバック

  1. この前上映会で、お茶屋さんに「『百日紅』は《見ること》を描いた映画でしたね~」(ウロ覚えで間違ってたらゴメンナサイ)って言われて、意味がよくわかってなかった(^^;んですけど、この感想読んで、すごーく納得しました。(お茶屋さん、やっぱり書くの上手いなあ)

    最後の部分(「結局、私にとっては・・・」)は、私も全く同感です。でも場面の一つ一つは、既にアタマの「一時記憶」のトレイからは無くなっていて、お茶屋さんの挙げる一つ一つを読みながら、「あ・・・そんなのもあったあった!」って。思い出すのも幸せ~って感じで(^^)。

    あと、私は鉄蔵とお栄の「絵師同士」としての場面も面白かった。鉄蔵がやっと竜の絵を仕上げたのに、煙管をふかしながら(えっ、いいの?アブナイじゃんって思った)お栄が見ていたら、ほんとに灰がとんで焼け焦げができて・・・でも、お栄は謝らないし、鉄蔵も別に責めない。ただ、描いた絵に大きく墨でバッテンつけて、家から出ていっちゃっただけ。(責めても、謝っても仕方ないって、お互いによくよく判ってるというか)
    地獄図に「最後の締めをつける」話の鉄蔵は、流石に(師匠として)カッコ良かったけど、私はあの「責めない・謝らない」親子絵師の場面の方が新鮮で気に入りました。鉄蔵とお栄の個性も感じられて。(でも、差し入れに来てうっちゃられた?お武家さんは、ちょっと気の毒かも。いい人みたいだったし・・・お重の中身も美味しそうだったし(^^))

  2. CGも使っているけれど、CG色を抑えてアニメーションとしての魅力を前に出した作品でしたね。こういう“間”と“呼吸”のある作品を見るとほっとします。セリフも磨かれていて品位があった。省略のうまいいい脚本でした。

    原作は短編集でしょうから、映画としてはバラつき感があって、作品としての背骨は弱かったかもしれませんね。でも、見ることの喜びに溢れた作品でした。

    (吹き替えの杏ちゃんが、テレビの「ごちそうさん」や「デート」のときのハイ・トーンとは違っているのが可笑しかったです。)

  3. ムーマさん、ガビーさん、コメント、ありがとう!!

     >ムーマさん
    そうそう!「責めない、謝らない」絵師同士の場面、よかったですねぇ(唸る)。怒っているのも悪かったと思っているのも、よく伝わってくるだけに。江戸の粋の神髄でしょうかねぇ?ちょっと違うか(笑)。

     >ガビーさん
    原作を読んだんですけど、面白かったです。「?」なところもあって、余白の美というか、皆まで言わない文学性というか、繰り返し読めそうです。やっぱり江戸がテーマなのかな。

    杏ちゃんは、なかなかの役者ですよね。『真夏の方程式』で初めて知ったのですが、いっぺんで好きになりました(^o^)。

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