瀕死の探偵

ワトソンはホームズに本当にひどい目にあわされていると思う。ハドソンさんにホームズが死にかけていると言われてベイカー街に駆けつけ、げっそり衰弱し精神錯乱まで起こしているホームズの様子に胸を痛める姿が気の毒だ。気の毒ではあるが、この一編に漂うそこはかとない可笑しさが、初めて読んだ小学生の頃から大好きだった。推理小説としてはイマイチなんだろうけど、ワトソンの誠実さやホームズのケレンがいっぱいで面白い。

それにしてもホームズは大した役者だ。「ボヘミアの醜聞」でワトソンは書いていたのだった。

彼が犯罪の専門家になったことにより、科学界は鋭敏な理論家を失い、同時に演劇界もまた、優れた俳優を失ったのである。(東京図書、シャーロック・ホームズ全集第5巻P156、日暮雅通訳)

シャーロッキアンの研究によるとアメリカで俳優修業をしていた時期があるとのことだ。

[追記]
なんと、Weblio辞書に例文として載っていた。
The stage lost a fine actor, even as science lost an acute reasoner, when he became a specialist in crime.

ボヘミアの醜聞

「あの女」アイリーン・アドラーに出し抜かれ、国王と彼女のツーショット写真を取り戻すことに失敗。だが、アイリーンが写真はお守りとして持っておくにとどめると約束したので、国王は写真は焼き捨てたも同然だとホームズの仕事に満足し、一件落着。どんな褒美でもとらすという国王に、ホームズはアイリーンのブロマイドを所望。かつて女の知恵を嘲笑していたホームズだったが、以後、笑うことがなくなったというオチ(^o^)。

コメディ仕立ての短編で、ボヘミア国王との掛け合いは間がよくて漫才みたい。
ホームズの変装2回、アイリーン1回。ワトソンも「火事だー!!!」と叫ぶ役回りがあてがわれる。
活劇の要素もあって、ゴドフリー・ノートン(アイリーンの恋人)が辻馬車に飛び乗り「セント・モニカ教会へ!20分で行けたら半ギニーやるぞ!」。つづいて、アイリーンが馭者に「セント・モニカ教会よ!20分以内に着けたら半ゾウリンあげるわ!」。更に追いかけるホームズが「セント・モニカ教会へやってくれ。20分以内に着けたら半ゾウリン!」てな調子で、教会に着いたらホームズは二人の結婚式の立会人を引き受ける羽目になるのだ(^Q^)。

話の導入部も素敵で、この頃ワトソンは結婚していて、往診の帰りにベイカー街を通りがかり、窓に映ったホームズの影をみて会いたくなる。

ホームズの態度は割合そっけないものだった。めったに感情を表にあらわさないのだ。だがそれでも、私に会って喜んでくれているのはわかった。ほとんど口もきかなかったが、やさしい目付で、肘掛椅子にかけるようにと手で合図すると、葉巻きのケースを投げてよこし、酒の台やガソジンが部屋の隅にあると指でさし示した。そして、暖炉の前に立つと、例の妙に内省的な表情でじっと私を見つめた。(東京図書、シャーロック・ホームズ全集第5巻P122、日暮雅通訳)

ここまで読むといい雰囲気なのに、後の会話がまた笑えるのである。

最後に肝心な話。
写真まで所望した初めての女性であるからして、彼女に対して恋愛感情があったかどうか常に問題とされるところだが、写真を受け取った後の態度は、プライドずたずた、悔しくてたまらん、というふうに私には読める。そんな相手の顔も見たくないとはならずに写真がほしいとは、ホームズ、マゾか(笑)。まあ、「マスグレイヴ家の儀式」でも記念品をブリキ箱から取りだしていた彼のことだ。ブリキ箱には他の事件の記念品も保管されていることだろうし、ホームズは記念品コレクターなんだろう(?)。なんか可愛い(^m^)。

天国の日々

限りなく透明に近い哀しみ。すごくよかった。鉄工所を出て汽車で移動し、農場に着いたあたりから哀しくなって、最後まで哀しかった。どうしてなのかは考えない。
「鳩の翼」の男女反転ヴァージョンかと思って観ていたら、農場主(サム・シェパード)、そうきたか~(ビックリ)。ドライバーを手にしていたばっかりに、ビル(リチャード・ギア)、そうなったか~。農場主の亡きがらを抱く農場長(ロバート・ウイルク)の深いしわを忘れない。
話が通俗的で表現が詩的。あとに残るのは、どこからきてどこへ行くのかわからない流れ者の哀しみだ。それは、残されたアビー(アダム・ブルックス)やリンダ(リンダ・マンズ)だけの話ではないのだろう。

スタンダートだったのか~(意外)と思っていたら、ヤマちゃんがビスタをスタンダードで上映していると指摘していた。何の違和感もなく観ていた自分にショックを受けた(がしょーん)。

[追記]
上映会主催者さまが配給元(コミュニティシネマ・センター)に問い合わせたところ、70年代は撮影はスタンダードで、上映は画面を大きく見せるために上下をマスキングしてビスタでということが普通に行われていたそうです。本作は、予告編やDVDではビスタですが、今回は、撮影したまんまのスタンダードで配給・上映されたということです。
私としては、「マリック監督、いったいどっちが意図するサイズなの?」って感じです。

DAYS OF HEAVEN
監督:テレンス・マリック
(シネマ・サンライズ 2012/08/28 高知県立美術館ホール)

セイジ 陸の魚

伊勢谷友介さんは俳優より監督の方が私はイケテルと思う。いい風景を切り取っているし、雰囲気の作り方がうまい。バーの賑やかさ、トンネルの音が響きそうな静けさなどなど、状況に応じて見せ方(編集)を工夫していると思う。ただ、バー、セイジ(西島秀俊)、ショウコ(裕木奈江)の部屋の美術が、どれもある種の美しさがあるのは改善の余地ありかな。『善き人のためのソナタ』で人物によって部屋の雰囲気をがらりと変えているのがいいお手本だと言うと、私の思っていることが伝わるかしらん。カズオ(新井浩文)の片思いの彼女がいる店とか、りっちゃんの和風のお家とかは、いいと思ったので、セイジとショウコの部屋の雰囲気に似たようなところがあるのは、何か意図があるのかもしれないけれど。

セイジがとった最後の行動は、何かしてあげたいけど何もしてやれないということの表明だと思った。義憤を感じて書いたり言ったりする口先だけの私と比べてどうなのか、・・・・・(・_・)。しばし考えた。
(カズオ、すっきー(^o^)。)

旅人(森山未來)

監督:伊勢谷友介
(とさりゅう・ピクチャーズ 2012/08/23 自由民権記念館)