植物「君の名は」・・・・衝撃の名前


昨年は7月から10月までの間、庭仕事をする気が全く起こらず、廃屋の庭のようになっていた。誰かの庭を廃屋の庭風にする一番の立役者が、この可憐な花を咲かせるつる性の植物だ。その名を屁糞葛という。

「屁糞」というからには臭いが気になるところだが、名前ほど衝撃的な臭いではない。ただし、独特の臭いで定評のあるどくだみと比較すると、断然どくだみの方がイイ匂いだ。私は、どくだみをジャパニーズ・ハーブティとして蓬とブレンドし喫しているので耐性があるのかもしれないが、毅然とした匂いに感じられて好もしい。(名前だって広辞苑によると「毒を矯める・止める、の意」とある。)
対して屁糞葛の方は、臭っているのかいないのかわからないと思っていると、引き抜いたときなど曰く言い難い(若干酸味のあるような無いような)臭いがして、すぐに霧散するような感じで悪臭にしては根性がない。手にした草を嗅いでも臭うときと臭わないときがあると思うのだが、春は漏れなく臭うような気がする。どの季節、どんなときに臭うのか、もっと意識して屁糞葛と付き合ってみるか。

というのも、初めは庭の一部分に生息していたものが、昨年ほったらかしていたため、庭中にはびこってしまったのだ。長い闘いになると思い、先手を打って3月のまだ芽が出ていないうちに、枯れた蔓をバリバリバリと引き抜いていった。端を持って引っ張ると何メートルも先まで面白いように抜ける。塀際で何重にもなった蔓を引っ張るときは、「これはリース台にできるかも、いやそんな暇はない」と思いながらメリメリ。
4月になって、やっぱり多年草だったかと思いながら、そこかしこでヒョロリと飛び出た芽を片っ端から取っていく。根が浅いのがありがたかった。ただ、他の植物に絡まるだけでなく、地を這い生息域を広げて行っているので、十字拠点が無数にあるのが難点だった。

そして、5月。屁糞葛の作戦に嵌まっていたことに気がついた。飛び出た芽を引っ張って根こそぎ(連なっている蔓と点在している根もろとも)取れて面白がっていたのだったが、どこまで蔓がつながっているか辿ると思いのほか太い蔓となり、ガッシリとした十字拠点に行き着いた。当然、拠点も根こそぎ取ろうとしたが、素手では無理で道具を使った。根は途中で切れて20cm近くあった。屁糞葛もトカゲの尻尾切りをやっていたことに気づいた瞬間だ。植物も動物も人間も同じだと感慨深かった。

私が名付けるとしたら、屁糞葛は「縦横無尽」だ。この闘いは私の負けである。なぜなら、昨日、トカゲを見かけたし、もうすぐ足長蜂が早朝から働き始め、梅雨の間に庭はジャングルとなるからだ。

パラサイト 半地下の家族

起承転結、高低差を表す階段など、型にはまった安定感。ユーモアも大。

高いところに住んでいる金持ち一家。
低いところに住んでいる貧乏一家。

起:長男がお金持ちの家に家庭教師として潜り込むことに成功。
承:長女、両親も同家に潜り込むことに成功。
転:金持ち一家が外泊中、貧乏一家がパーティーピーポー化しているところへ、策略で辞めさせられた元家政婦がやって来る。嵐~。
結:金持ち一家の長男の誕生会で思いもよらない(ポン・ジュノ監督作品としては当然のような)ウルトラC級の山場と、ピタリと決まった着地。

ラストショットは蛇足に思えるし(長男が金持ちになって父を地下から救い出すシーンは、下克上が困難な世の中を見ていれば幻想だと想像がつくので、幻想だと観客に知らせるシーンは無用だと思う)、あの石が象徴するものは何なのか私にはわからなかったけれど、やっぱり面白かった。

特筆すべきは「臭い」。いじめや差別などで(そこまでいかずとも他人を傷つける場面において)、加害者側は加害を認識していないことがよくあるようだ。例えるなら、気づかずに他人の足を踏んでいる状態。しかし、踏まれた方は、痛いし、その足をどけてほしいと思い続けているし、思っていることを口に出来る力関係だとまだマシなのだけれど、我慢し続けると「足を踏むのを止めてもらえますか。」と丁寧に言うのが難しくなる。我慢のあげく出た言葉が「どけろよ、バカ」であっても私は構わないと思うので、フィクションであれば、「なんか臭う」と言う言葉に傷つけられてきた貧乏一家の父(ソン・ガンホ)が、遂に雇い主を刺すのもありかなぁとは思うが・・・、さすがに痛かった。貧乏父さんの傷が益々深く感じられて。金持ち父さんはそれほど可哀想じゃないなぁ。その子どもは可哀想だったけど。金持ち父さんは「臭い」によって傷つく人がいるとは思いもよらなかったのだろうけど、無知は罪深い。近年、その思いが強くなるばかりだ。

最高のカット。地下室から首が~。ぎょろ目が光る~。怖可笑しい~。金持ち坊ちゃん、そらトラウマになるわ~。
(2020/02/01 TOHOシネマズ高知8)

牡丹

2022

残念。今年は一つの蕾もなく花のない年となった。原因は昨年、葉焼けを防ごうと4月からだったか紅葉の木の下に置いたため、日照不足で蕾がつかなかったのだと思う。だいたい6月時点で芽かきをする必要がないくらいだったから、今年咲かないことは予測できた。おまけに、どこに置いても葉が焼けるものとわかった。そういうわけで、今年は4月の初旬から元の日当たりのよい場所に置きなおした。これから肥料をやって6月にどれだけ芽が付くか楽しみにしよう。(2022/04/30)
通常、花後に肥料をやるが、花が咲かなかったので肥料遣りを忘れていた。鉢の位置を元に戻したときに遣っておけばよかった。そんなわけで、ほとんど芽が付いていない。来年の花も期待薄。(2022/12/18)


2021

牡丹の根元
たいていの牡丹は、芍薬の台に接ぎ木して増やすとのこと。台木から出る芽を放っておくと芍薬が咲き牡丹は消えてしまうとか。いただいた牡丹の継目をよう見つけないので放っておこうかと思ったけれど、万が一にも芍薬に乗っ取られることになるのは嫌だし(というか牡丹が芍薬を乗っ取っているから「乗っ取り返し」か)、鉢植えだからあまり枝が増えても管理がしにくいので、今年生えてきたようなのは切り取った。木になっていれば牡丹のはずだから昨年出たと思われる枝は残している。しかも蕾が付いているし。
蕾といえば、今年は三つだけだ。昨年は6月に芽かきをしたからだと思う。もっといっぱい咲いてほしいと思ったけれど、花が少ないと大きくなるはず。花がいっぱいでも大きかったが、もしかしたらそれより更に大きいということ!?
期待がふくらんで肥料をやった。(2021/03/17)
ふくらんだ期待がしぼんだ。4月にならないうちに二つが咲いた。咲いてから少しは大きくなったが、それでも昨年の大きさには及ばず、花びらの数も少なかった。4月に入って降った雨で早々に二輪ともくったりとなったので摘んだ。三つ目も昨日、小さく咲いた。おそらく3月に20度を超える日が続いたので大きくならないうちに(葉っぱがまだ赤いのに)咲いたのだろう。でも、咲いてくれてありがたい。小さくても豪華。今年はしっかり避暑をさせてあげるからね~。(2021/04/06)


2020


牡丹、凄い。花後に肥料をやっただけで(水遣りはもちろん)、何もしないのに今年も咲いてくれた。6月に芽かきをすれば花数は少なくとも大きく咲かせることが出来るらしいが、小さくてもいっぱい咲いたうえに、やっぱり大きい!(2020/04/20)
育て方を検索すると、
(1)花後に施肥
(2)6月上旬、芽かき
(3)植え替えするなら10月頃
(4)11月、花芽のうえで剪定
とのこと。
花後に肥料はやって、今年は芽かきもした。酷暑で今年も葉焼け。あまりに見苦しいので9月には葉っぱを全部取った。ついでに焼けた枝もカットした。昨年より葉焼けが酷いような気がするが、来年も咲いてくれるだろうか(心配)。咲いてほしいなぁ。(2020/10/24)
枝の剪定を11月末に行った。花芽のうえで切ったつもりだけど、思えば花芽と葉芽の違いを知らない。芽がピンクだったので花芽と思い込んでいたが、3月に出てくる葉っぱの色は赤いのだ。来年はもっとよく観察しよう。(2020/12/03)


2019

知人に鉢植えをいただいた。蕾が幾つもついている。葉っぱがまだまだ小さく赤い。株元にはサクラソウも一株植えてくれてあり、とても可愛い。(2019/03/06)

牡丹5月に咲くものと思っていたら早くも咲いた。大きく光沢のある見事な花。さすが百花の王。しかし、雨に当たるとぐたっり~の。それで傘を差してあるのかな。
3月からの一月の成長ぶりが爆発的だった。初めは家の西側に置いていたが、西日に当たってぐったり~の。朝、土に湿り気があったので1日水遣りをしないでおくと、夕方にはぐったり~の。西日が当たらないところに移動させて、毎日水遣りをして、あっという間に咲いたが、花のいのちは短いなぁ。(2019/04/10)

ジョジョ・ラビット

『ジョジョ・ラビット』のパンフレットの画像
メルヘンチックな快作。感動した。
色彩設計や、ビートルズからデヴィッド・ボウイまでの音楽もよかったし(ボウイもジョジョやエルサみたいに踊っていた)、リルケのシメ「総てを経験せよ、絶望が最後ではないのだから」もよかった。『サウンド・オブ・ミュージック』でのシメは、尼僧長が歌う「すべての山へ登れ」だった。ジョジョ(両親はいないしベルリンの壁が出来るわけだから)もトラップ大佐一家もまだまだ苦難はあるだろうけど、どちらも前向きになれるシメだ。(リルケと言えば、『天使にラブソングを2』でも引用されていた。「君が作家になれるかって?そんなこと聴くなよ。君が書かずにいられず書き続けたなら、既に作家だ。」)

ドイツ映画だと思って観始めたものだから、ドイツもヒトラーをこんな風に表現できるようになったのかと驚いた。『ヒトラー 最期の12日間』はともかく、『帰ってきたヒトラー』といいドイツはヒトラーのトラウマから解放されたと思った。でも、スカーレット・ヨハンソンやサム・ロックウェルを見かけたら、それはもうアメリカ映画(笑)。ようやくドイツ語じゃないわけだと納得した。鑑賞後わかったのは、制作(資本)はドイツとアメリカで、監督はニュージーランド出身とのこと。ジョジョ役のローマン・グリフィン・デイヴィスはロンドン生まれ、エルサ役のトーマシン・マッケンジーはニュージーランド出身、私の頭は化石。

社会的な影響は、子どもにとって絶大なはずの親の影響を凌駕する。(母はジョジョをヒトラー礼賛するような子に育てた覚えはないぞ。)
社会的な影響も個人が体得したものには勝てない。(まさか自分ジョジョが、ユダヤ人エルサに恋をするとは。)
個を磨き世界平和を実現するには本当に色んなものに触れることが大切なんだなぁ。(それでリルケか。)
音楽のことを知りたくてパンフを買って満足。(売り場に並んでいた人全員が、ジョジョのパンフ買いだった!)
ヨーキー(アーチー・イェーツ)、かっわいい(^o^)。
(2020/01/19 TOHOシネマズ高知1)