四半世紀の間、部屋の片隅でホコリをかぶっていたベアリング=グールドのホームズ全集を引っ張り出した。「詳しい解説/楽しい注/豊富なイラスト」という売り文句に乗って買ったのに、読み始めると「注」ぜめがうるさくなって仕舞い込んでいた。ところが今読むと「注」がめっぽう面白い。
例えば、ホームズが「七週間そこで有機化学の実験に没頭した。」という記述があれば、ベアリング=グールドは、他のシャーロッキアンがホームズはコールタールからの派生物について研究していたと書いたことを引用している。注釈はまだまだ続き、コールタールから作られた最初の染料は紫色で、当時、その新しい染料は大流行したとある。(全集第2巻「グロリア・スコット号」の注22)
そう言えば、BBC「シャーロック」のハドソンさんは紫色の服をよく着ていたと思い当たり、もしかしてビクトリア朝の紫大流行から触発されたの?と深読みができて楽しい。
あるいは、ホームズの大学時代の唯一の友だちヴィクター・トレヴァーの姉だか妹だかがジフテリアで死んだという記述があれば、ベアリング=グールドは
ホームズの恋愛について名だたるシャーロッキアンがどのような想像を巡らせているのかを並べる。(同注12)「ホームズが女性に対してしばしば取る態度から、私はおそらくホームズは若い頃結局は実らなかった恋をしたことがあるのではないかと思うのである。」とか、トレヴァー嬢に惹かれていたが彼女が病死したことによって「希望と情愛が無残にも打ち砕かれてしまった、と考えてはいけないものであろうか?」とか、なんか、シャーロッキアンってロマンチスト~(笑)。
ドイル卿もとい、ホームズの伝記記者ワトソンは、細かいことにこだわらない大らかな性格らしく、推理小説としてはツッコミどころ満載だ。一番有名なのは、妻が彼をジョンではなく「ジェームズ」と呼んだことだと思うが、果たしてシャーロッキアンはどんなツッコミ(辻褄合わせ)をしているのだろう。