なぜ、父陽二(藤竜也)は警察のお世話になったのか。父の再婚相手、直美さん(原日出子)は認知症になった父をおいてどこへ行ったのか。一人暮らしとなった父に食事の配達を依頼した人は何者なのか。幼い頃に両親が離婚して父とは二十年以上も会ってなかった息子卓(森山未來)の疑問点が徐々に明かされていくミステリー仕立ての父を知る話。一方、直美さん側からすると、情熱のダブル不倫の末に結ばれた陽二さんに認知されず、怒鳴られ、宝物の恋文と日記を放り投げられたりして、学者であり趣味人である素敵な陽二さんを失う話。
二十数年ぶりの再会は、卓が二人の家を訪ねたときだった。陽二はめちゃめちゃ嬉しそうで饒舌なくらい。直美さんは陽二がどれだけ卓のことを思っていたか、そっと話したりして他人行儀な彼を気遣う。卓はおそらく母が亡くなったことを知らせるつもりで訪問したのだと思うが、そんな雰囲気ではないし、父との距離はとおい。次に会ったのは陽二が九州から東京へ来たとき。認知機能が少し怪しくなった陽二を心配した直美さんが、卓に連絡したのではないだろうか。妻(真木よう子)を紹介して、陽二のスピーチ現場まで付き添っているが、やはり父との距離はとおい。距離が縮まっていったのは、父を施設に預けて面会を重ねるうち、老いを感じたり頼られたりしていたところへ、子どもの頃手を上げたことを「許してほしい」と懇願されたからだと思う。「許す」と早う言うちゃってとドキドキハラハラの緊張感。なにせ、卓の生真面目というか頑なというか理詰めな性格は映画の当初にめっちゃ印象づけられていたため、叩かれた覚えもないのに言えるのか、ものすごいサスペンスだった。その後、父とベルトを交換するところは、ほっとしたせいもあって「えい息子やんか(ToT)」という感じ。
直美さんの方は、気の毒な感じ。認知症でなくとも愛する人が老いて弱っていくのを見ているのは、悲しく身に堪える。直美さんの場合は、大恋愛の相手だからなおさらだ。情熱的な恋文と日記を見て、何という浪漫であろうかと思うと同時に、これほどの執着は双方とも相当に苦しかっただろうと思う。双方の家族に気兼ねとか拘りがあって、浪漫を全うできず現実路線を行った二人だが、おおむね幸せそうに見えた。直美さんの逃避と後追いは現実路線というより浪漫派のような気がするが、その心情が十分理解できるような運びになっていたと思う。
まだ死んでもいないのに、望みを失い幻を追って(?)逝った直美さん。
もしものときは延命治療をと施設の職員に伝えた卓くん。
いいも悪いもない、大いなる悲哀であった。
森山未來は表情をほとんど変えないが、目の温度というか熱量が変化することで、どんな思いでいるかが伝わってくる演技だった。すごい・・・・。日本では男女問わず良い俳優の割合が高いのではないかという気がしていたが、それは日本の文化にどっぷり漬かった者の感慨というものであろうか。
(2024/09/06 とさピクシアター)
やっぱり直美さんは亡くなっているんでしょうかね? 病気とか、直美さんも認知症なら、家族が頑なに携帯や日記を受け取らないということはなさそうだし、普通に亡くなっていれば死んだことは知らせるでしょうね。自殺だったのかなあ。
陽二が言うように、ハサミで喉を切っての自殺ということはないと思うけれど。
う~ん、はっきりとは描かれてなくてわからないですが、入水自殺のイメージじゃないかしらというシーンがあったし、私は十分にほのめかされていると思ったんですよね。
この映画は、はっきり描くことを避けていますよね。卓が陽二と直美さん宅をうん十年ぶりに訪ねた理由も、陽二が東京に出向いたとき卓がどうしてそれを知ったのかも、観客の解釈に委ねられているし。
大いなる不在って、卓の立場だと長年いなかった父のことで、直美さんの立場だと認知症になった陽二のことだと思っていたけれど、直美さんが最大の不在だということに今気がつきました(^_^;。