ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅

これは大大大好き(^_^)。「もののあはれ」と滑稽味が、程よくブレンドされたアメリカ映画というのは珍しい。ジム・ジャームッシュ作品を想起させられもしたけれど、風に飛ばされそうなウディ・グラント(ブルース・ダーン)が象徴するように、どこまでも軽く核となるものが見あたらない。アレクサンダー・ペインは、ジャームッシュほどには映画狂ではないのだろう(?)。ただし、モノクロ映像で描かれた景色と音楽が抜群によくて、「間」の演出も冴えわたり、これまで見たペイン作品の中で最も洗練されていると思った。

欠点だらけの人たち。お金が絡むと醜悪だし、セックスが絡むと品がなくなり、年を取るほどに子どもに帰って好き放題だけれど、私たちの分身としてチャーミングに描かれている。家族の肖像としても、夫婦のごたごた感や親子のうるうる感など既視感があり、普遍性を感じる。また、閑散とした町に老人が多く、若者には職がなく肥っているという現代性も、かつて親兄弟が協力して建てた家に住みという古き良き時代と、きょうだいが早くになくなり自分も戦争に行ってという人に歴史あり、社会に時代ありみたいなところも家族の話の中にうまく取り込まれている。

ウディは、良い父親でも夫でもなかった割に、よい人生の幕切れを迎えられそうだ。100万ドルを当てるよりラッキーなんじゃないかな。

熊谷守一展


今年は一目惚れした熊谷守一のカレンダーをパソコンのデスクトップと部屋の壁で楽しんでいるところなんだけど、ひろしま美術館で展覧会を開催していると知り、喜び勇んで行ってきた。期待しすぎて、それほどでもなかったらどうしようと思っていたけれど、ますます好きになった。守一は、庭の植物や生き物を日がな一日見つめてもちっとも飽きず、アリは左の二番目の足から歩き始めることを発見したらしいが、私も守一の絵をながめて全く飽きることがなかった。そして、守一の絵の特徴である輪郭線は、輪郭線として描かれたものではなく、外側と内側を塗ることによって輪郭線に見えているのだとわかって驚いた。サインも漢字だったりカタカナだったり、フルネームだったり名前だけだったり。気分だねぇ(笑)。また、カレンダーを見たときからユーモアを感じていたし、今回見た「線裸」(1927年)と名付けられた絵は裸婦なのか紐なのか、本当に笑ってしまった。ほとんどが4、50センチメートルの小さい絵で、茶の間にも飾っておけそうな感じで、そんなところも大好きだ。初期の油絵から日本画、書、焼き物、彫刻、画材、道具箱、キセル、パイプ、守一の言葉など、どれもこれも見ていて楽しいものばかりだった。あまり欲のない人は、ちょっとしたことで満足できるので幸せだと思うけど、熊谷守一は幸せだっただろうなぁ。
図録を見たら、ひろしま美術館では4月20日まで開催され、その後、松山のミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)へ巡回するそうだ。4月27日から6月15日までは同じ四国にいるんだね~。

ひろしま美術館は、大大大好きなゴッホの「ドービニーの庭」とアンリ・ルソーの「要塞の眺め」があって、ずっと前に「要塞の眺め」を見たときは、「私にも描ける」だったか「私の絵に似ている」だったか、そんなことを思った。改めて見てみると、どうしてそんな大それたことを思ったのか不思議だ。あの異次元のような静けさは、誰にも真似できない。
「ドービニーの庭」は、2008年に解剖されていて黒猫の謎が解けていた。下の画像の「T」の字の下に赤っぽい(ネットでは茶色っぽい)ところがあるのは、ゴッホが描いた黒猫をとある人(名前を忘れてしまった)が修正してしまったのだそうな。

検索したらありました。黒猫の謎解き→ひろしま美術館に、ゴッホの「ドービニーの庭」がありますね。 色々噂があります…

ひろしま美術館
ドービニーの庭

(2014/03/29 ひろしま美術館)

冬よ、さようなら


脱力モードで半月以上も映画を観ていませんでしたが、先日、三日で4本『カンパニー・メン』『それでも夜は明ける』『ロボコップ』『抱きしめたい』を観ました。明日は何を観ようかな。観たいのがたくさんあるのに、うまくハシゴができる上映時間じゃないので困るなあぁ。

3月11日、県民文化ホールでの千住真理子と大阪交響楽団の演奏会は、う~みゅでした。モルダウは、せせらぎや水のたっぷりした感じが出ていてよかったし、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲2番は、ヴァイオリンの中低音の濁った音が面白くて堪らず(くさやの干物みたいに病みつきになりそう・・・・!ってクサヤを食したことはありませんが;;;。休憩時間に遭遇した知り合いは「汚い音でイマイチ」と言っていましたので好き嫌いが分かれるかも。)、最後の曲、オケの本番、新世界は、段々飽きてきてしまい・・・・。音楽に波とかうねりとか揺れがなく一本調子っぽく、他のお客さんも集中力が切れたような空気が漂っていました。同ホール改装時のこけら落としで、このオケも出演していてとても楽しかったので期待していたのに残念でした。3月11日ということでアンコールはG線上のアリアでした。

梅から白木蓮、桜、藤と2月から4月は、るんるんの季節ですね。いまいち、脱力モードを脱し切れてないので、運動でもして酸素をもっと取り込まないとなぁ。う~ん、花粉とかPM2.5とか黄砂なんかもいっしょに取り込むことになるけどなぁ。

刻-moment- 石元泰博・フォトギャラリー

石元泰博・フォトギャラリー
これは素晴らしかった!!!必見です。3月1日(土)まで。左の画像は、長形3号のハガキで、裏面には次のうたい文句が。
「うつろいゆくもの、滅びゆくものの美しさを、朽ちてゆく落ち葉や空き缶、刻々と姿を変える水面や雲に映し出した、石元泰博の哲学的写真集『刻-moment-』(2004年発行)から、約100点をオリジナルプリントにより紹介します。」(個人的には哲学的とか言わない方がいいと思うけど。私は全然哲学しなかったし(^_^;。それに「うつろいゆくもの」「滅びゆくもの」とも思わなかったよーーー。ぶーぶー。ただ美しいと思った!シャープでクールで美しい!そして、ものの見方を変えてくれる。もっと水をよく観ようと思った。もっと落ち葉を、もっと雲を、足跡をよく観よう!)

アスファルトと同化した落ち葉や空き缶。波にみえる雲。水に見えない水。1960年代から2000年代の人の流れ。あれですよ、あれ。芸術は健康にイイ!運動をした後のような清々しさ、血行が良くなって疲れが吹き飛ぶ、あれです。
秋には石元作品の常設展がオープンする予定。ちょー、楽しみ!石元さん、たくさんの素晴らしい作品を寄贈してくださって本当にありがとう。
(2014/02/27 高知県立美術館)

注)「刻」と書いて「とき」と読ませています。
石元泰博フォトセンター