ギリシャ語通訳メラス氏が、目隠しされた馬車でどこかの屋敷に連れて行かれ、顔中にばんそうこうを貼った男性の通訳をさせられる。男性は明らかに脅されており衰弱しきっていた。メラス氏は帰宅してからもこの男性が心配で、ホームズ(と言ってもシャーロックではなくマイクロフト)に相談する。そう、事件はどうでも、マイクロフト初登場の一編として楽しい。発表順に「緋色の研究」、「四つの署名」、「冒険」12編、「回想」8編と読んできた読者は、「なになに?ホームズの兄ちゃん?」と興味津々なのであった。
ワトソンの誇張した前振りも面白く、ホームズのことを「例外的異常人間」「心のない頭脳」「知能は抜群だが人情は欠陥者」で、女嫌いのうえに友だちをつくるのも嫌がり、子どもの頃や身内の話をしないから、てっきり孤児だと思っていたと言うのである。そりゃー、兄がいると聞いたら驚くわ(笑)。ベアリング=グールドによると知り合って7年も経つのにねぇ(^o^)。
で、マイクロフトも間違いなく変人で、「ロンドンでもっとも人づきあいが悪く、もっともクラブ嫌いの人間が入っている」ディオゲネス・クラブの創立発起人の一人なのだ。ディオゲネス・クラブの安楽椅子に新聞雑誌、おしゃべり無用の静かな空間は魅力的だと思う。お茶のサービスのある図書館か、ネットカフェみたいだ。
ディオゲネスは、樽の中の仙人として知られた哲学者ということを最近知った。子どもの頃読んだ偉人伝で、アレキサンダー大王に「何か願いはないか」とたずねられて、樽の中から「ひなたぼっこの邪魔なので、ちょっとのいてください」と言ったことで好きになったけれど、名前は忘れていた。どうやら変人の代名詞みたいで、マイクロフトも「変人クラブ」を創立するとは変人を自認していたのだなぁ(^m^)。
弟の方も変人は自認しているみたいで「芸術家の血統というものは、とかく変わった人間を生み出しがちなものだからね」と兄と自分のことを言っている。ホームズ本人の弁によると、先祖は代々地方の地主だったらしいが、彼の特別な能力は芸術家の血を引いているからだろうとのことで、祖母はフランスの画家ヴェルネの妹なのだそうな。ちなみに、オラース・ヴェルネをウィキで検索すると、ホームズが血縁だと主張していると書かれている(^_^;。
ホームズによれば、マイクロフトは「ぼく以上に同じ才能を持っている」が推理は趣味で、自宅と職場とクラブの軌道を外れたことがないし、マイクロフトによれば
「ホームズ家のエネルギーは全部シャーロックがひとり占めしてしまったんですよ」(東京図書、シャーロック・ホームズ全集第8巻P208、小池滋訳)
とのことだ。