シン・ウルトラマン

予告編がカッコよかったので観に行った。そしたら『シン・仮面ライダー』の予告をやっていて笑った。

『シン・ウルトラマン』も『シン・ゴジラ』の系統で、現在の日本の状況を織り交ぜつつセリフの展開も速かったので、ついて行けなかったが『シン・ゴジラ』より面白く観た。笑えるところが多かったからだと思う。また、外星人が人間を巨大化して生物兵器にするとか、SFチックなところも面白かったし、俳優もマンガチックなキャラクターに嵌まってよかった。特に長澤まさみが大活躍で脂がのっている感じ(やんややんや)。
ワクワクしたのは、絶望的な人類のピンチを世界中で協力して乗り越えようとするところで、どんな世界会議かと思ったらVRゴーグルをつけて一人でバタバタしていて、それを傍で見ている登場人物が面白いセリフで受けた(^Q^)。

平日に行ったのでシニアの男女がいっぱい。オープニングのサイケデリックな背景や稜線から現れる怪獣などいかにもな作り物感が、のすたるジイさんバアさんの心をくすぐる楽しい作品だった。
それにしてもウルトラマンの中の人はスレンダーだなぁ。
(2022/05/27 TOHOシネマズ高知6)

流浪の月

そばにいると一番安心できて誰にも言えないことを打ち明けられる。離れていてもお互いの幸せを願い、いっしょにいたことが生きる勇気になる。世間が何と言おうと、どう思われようとずっと繋がっている二人。美しい愛の形を見せてもらって見応えがあった。ただし、俳優も映像も色んなものが美しすぎるし、細かいところの詰めは甘めだし、人物像は類型的だからリアリティに欠けるきらいはある。タイトルのカッコよさも作品の内容を象徴しているように感じる。そういうわけで、演技も全体的にやり過ぎではあるけれども、私としては俳優を楽しんだ作品だった。要所要所のクローズアップにぐっと引き込まれた。
松坂桃李、また化けた~。(コメディも行けるし、令和の緒形拳。)
広瀬すずは広瀬すず。どんなに押さえても生命力が輝き続ける。さらさ役にピッタリ。
さらさの子ども時分を演じた白鳥玉季の生命力も素晴らしい。
横浜流星の亮、恐かった~。なかなかの威圧感。
多部未華子ちゃん(^_^)。一番普通な人を自然に演じてえらい。
内田也哉子の存在感に恐れ入った。

オープニングに続くシーンで雨の中を二人(文とさらさ)が橋を渡る遠景がスゴかった。一瞬にして景色の明るさが変わって「うおーっ」となった。傑作の予感がしたんだけど、後半ごちゃごちゃして粗がでてきて残念だった。
(2022/05/18 TOHOシネマズ高知8)

偶然と想像

『ドライブ・マイ・カー』などの受賞が続いている濱口竜介監督作品ということで観た。ロメール作品みたいに軽やかでコメディ仕立てで面白かった。監督のオリジナル脚本とのことだ。
自分を持てあまし気味の(過去を引きずってもいる)三人の女性のそれぞれを主人公にした小咄で、各人が偶然の出来事からちょっとした想像をふくらませ、自身の屈託にささやかな慰めと励ましを得て生きていく。そういう実存主義的作品と受けとめた。
どれが偶然で、どの部分が想像か、「ご想像にお任せします」という作品でもあると思うので、いろいろ解釈できると思う。

「第一話 魔法(よりもっと不確か)」
カフェで親友といるところに元彼が偶然とおりかかる。元彼と親友は良き仲なのだが、想像で元彼に「私(主人公)はまだあなたが好き」と言って親友と主人公のどちらを選ぶのか迫る。現実がリフレインされるのでわかりやすい。
もしかして、ひょっとしてタクシーで引き返して元彼のところに行くところからして想像かもと思ってはみたが、あそこまで想像できたらあの小悪魔ちゃんは脚本家になれる。

「第二話 扉は開けたままで」
第一話以降も現実がリフレインされると思っていたら、それはなし。バスに乗って帰宅中に偶然、元セフレと遭遇。主人公は当時彼の願いを叶えたばっかりに恩師は大学を退職、自身は離婚しているため、それを揶揄しながら近々結婚すると言う彼に想像で名刺を渡し、「結婚相手との仲はどうなるかしら」という調子で一方的にキスしてバスを降りる。彼は冷水を浴びせられたような表情で、バスから降りた主人公を見送る。元セフレへのささやかな復讐を想像したと思ったのだが、はてさて。
「扉は開けたままで」というのは、映画ファンがほくそ笑むタイトル。どっかの監督が映画の撮影中に偶然の出来事も作品に取り込めるように扉は開けたままだったそうな(?)。

「第三話 もう一度」
同窓会でも会えなかった高校時代の親友とエスカレーターで遭遇。親友宅に招かれ訪れるものの、互いに人違いとわかる。偶然、方や思いを寄せた友だち、方やピアノが縁の友だちと勘違いしていた。初めは人違いとわかってから以後がすべて主人公の想像と思っていた。初対面の人となりすましごっこなんて、想像の世界でしかできないよ。観ていてこっぱずかしかった。親友と遭遇できたらいいなという思いから、最初のエスカレーターですれ違うところから想像かもしれないとも思った。でも、そもそも映画自体が創作物(想像の世界)だから恥ずかしいと感じないことだってできる。お互いを人違いした当人だと想像して「ごっこ」ができたのかもしれない。そうすると何不自由なく専業主婦として暮らしていたけれど薄ぼんやりと自分自身を生きている感がない思いをしているもう一方の彼女も主人公だったのかもしれない。
(2022/05/14 あたご劇場)

由宇子の天秤

タイトルからすると、作り手は由宇子(瀧内公美)の天秤(ジャッジメント:判断)が正しかったかどうか、あなたならどうしたかと観客に投げかけているように思う。私は自他共に認める単純な人間であり、小心者でもあるからお天道様に顔向けできない真似はしたくない。良心が痛むようなことをすると自分が苦しい。しかし、神は死んだといわれて久しいし、大人になると綺麗事だけではすまないことも多いし、嘘をついたり本当のことをしばらく隠したりする由宇子の判断をやむを得ないと思って観る人も多いと思う。何よりドラマには葛藤が不可欠だから、由宇子の一つ一つの判断がサスペンスを生むのが面白い。私自身は、由宇子が自作のドキュメンタリーの放送日までメイ(河合優実)の子宮外妊娠を伏せたことはアウトだ。子宮外妊娠をよく知らないからかもしれないけれど、2週間経ったら赤ちゃんはけっこう大きくなるんじゃないの?大出血ってことになったらと思うと恐くて仕事を優先なんてできない。それができる由宇子はなかなかの博打打ちだ、さすが主人公と感心して見ていた。

由宇子はメイの父哲也(梅田誠弘)に彼女を妊娠させたのは由宇子の父(光石研)であることを告げた。なぜ告げたのか。それは、哲也が娘が売春していたという噂を信じていたのを正すためだと思う。由宇子はメイを疑い傷つけてしまった。そのせいで絶望したメイは死のうとしたのかもしれない。それはドキュメンタリー制作で取材していた女子高校生とも重なる。メイを傷つけたことに対しては良心の呵責もあったろうと思う。メイのために自分が事実と判断したことを告げたのだと思う。もしかしたらタイトルは、この判断のことを指しているのかもしれない。

報道の暴力、性暴力、いじめという言葉の暴力、加害者の家族というだけで責める世間の暴力。様々な暴力が織り込まれていて見事な脚本だ。力のある作品だが好きかどうかは別の問題。私にはあまり気持ちのよい作品ではなかった。

(2022/04/13 あたご劇場 監督・脚本:春本雄二郎)