ゴヤの名画と優しい泥棒

ゴヤの名画を盗んで、返還する代わりに年金受給者には公共放送の受信料を免除せよと要求した実話をもとにした作品で、イギリスらしいウイットに富み、とても楽しかった。ユーモアだけでなく若干の悲哀もあるのが何とも心に染みる、これぞ真のコメディだ。

ケンプトン(ジム・ブロードベント)とドロシー(ヘレン・ミレン)の夫婦が素晴らしい(^o^)。ジム・ブロードベントもよかったけれど、ヘレン・ミレンが神がかり的に懸命で平凡で魅力的、そして、娘の死を受け入れる名演だ。

裁判のシーンは、弁舌絶好調のケンプトンの独壇場(^Q^)。
最後に明かされる真相もなるほどの納得感。
もう一遍観たいなぁ!
(2022/09/21 市民映画会 高知県立美術館ホール)

天才ヴァイオリニストと消えた旋律

見始めてやや驚いた。久々のティム・ロス。クライブ・オーウェンも出演。若い俳優を覚えられなくなったロートル映画ファンには嬉し懐かしの配役だった。

第二次世界大戦前にヴァイオリンの英才教育のため、ポーランドの家族と離れロンドンのマーティン(ミシャ・ハンドリー:長じてティム・ロス)の家へ引き取られた天才少年ドヴィドル(ルーク・ドイル:長じてクライブ・オーウェン)。二人は兄弟のように一緒に育ち大人になるが、ドヴィドルはデビューコンサート会場に現れず行方不明となる。30年以上経ちドヴィドルにヴァイオリンを習ったという人物に遭ったことをきっかけに、マーティンは彼を再び探し始める。なぜ、デビューコンサートを前に忽然と姿を消したのか、ミステリー仕立ての話は面白いし、ヴァイオリンの演奏も楽しめる。

ルーク・ドイルは本当に弾いているのだろう、大人顔負けだった。収容所みたいなところで一対一のヴァイオリン合戦をするところが一番の見所だ。

あとはドヴィドルがなぜ姿を消したかわかるところ。街かどのシナゴーグで戦争中に収容所などで亡くなった者の氏名を何時間もかけて唱歌するラビ(?)と、家族の名前が唱えられるか否か聴き続けるドヴィドルの場面が印象深い。記録できなかったから歌にして記憶し伝承していくというのは、『サウルの息子』でゾンダーコマンドたちが写真やメモを埋めて出来事を伝えようとしたことを彷彿させられた。民族としての受難だからだろうか、決して忘れず伝えていく意思と共同体の堅さ(それゆえ入って行きにくいもの)を感じる。ただそれは、差別しておいて「入って行きにくいかよ」ってなもんで反省すべきことだ。

再会して一度きりという約束のコンサートを済ませ、30年前の借りは返したとばかりに関係を断ち切るドヴィドルには、断絶以上のものを感じ何だかやりきれなかった。
(2022/09/21 市民映画会 高知県立美術館ホール)

マイ・ブロークン・マリコ

親友の遺骨と旅をする話。思いのほかハードボイルドで面白かった。
ハードボイルドというと、ポーカーフェイスでタフな状況を乗り越えていく感じで主人公はほとんど男性のイメージだが、本作のシイノ(永野芽郁)は思い切り泣くし、叫ぶし笑うし吸うし食う。それでもからりと固ゆで卵な感じ。女性が主役のハードボイルドと言えば『グロリア』とか?あの作品も「映画のハードボイルド革命や~」な感じだったかもしれないけど、本作は間違いなく革命や。なにせ笑えるのだから。ひったくりを追いかけて戻って来たシイノが、頼みもしないのに遺骨の番をしてくれていた男性(窪田正孝)に感謝して名前を尋ねると「名乗るほどの者ではございません」と言って去って行く、その肩に掛けた釣り用のクーラーボックスにデカデカと名前が(^Q^)。久々に声をあげてしまった。だが、この男性もかつては世をはかなんでというか居場所をなくしてというか、自分自身が嫌になってというか何の望みもなくなってというか、自死を試みたことのある人で、後にシイノを見送るとき良いことを言う。

ブロークン・マリコ(奈緒)は、本当にブロークンだった。シイノは頑張ったけれど、彼女一人の手には負えないレベルだと思う。いっしょに専門家に相談するとかくらいは出来たかもしれない。放り出したくなったときもあったと正直な気持ちを独白していて、そういう嫌になるマリコも含めて覚えていたいのに思い出すのは可哀想なマリコ、可愛いマリコ。客観的に観てシイノができることはしていたと思うが(それがシイノ自身のためでもあった)、死なれると何もしてやれなかったという思いになるのか。
マリコに頼られることでシイノも辛うじて生きてきた。一言もなく去って行ったマリコに、私はあんたの何だったのかと怒り悲しみ、焼け(自暴自棄)死に(発作死に?)しようともした。だけど、陽はまた昇る。腹も減る。マリコを思い出すためには生きていなくては。

一番おどろいたこと。マリコの暴力親父を演じていたのが尾美としのりだったこと。尾美くん~、ビックリだわよ~。
(2022/10/05 TOHOシネマズ高知4)

ハッチング 孵化

予想以上にホラーで、予想外にグロテスクだった(ToT)。
主人公の女の子ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)が可哀想でならなかった(ToT)。もう、そんな母親の言うことを聴かなくていいと思うのだが、子どもにとって親の影響力というのは絶大だ。父親は毒にも薬にもならないから結局これも毒親なんだろう、というか親以前の未熟な大人(子ども?)だ。見ていてほっとするのは弟だけだった。あ、母の愛人も普通の人みたいでほっとした。

ティンヤの母(ソフィア・ヘイッキラ)は確かに強烈な個性だけれど、愛人の子どもには優しかったし、息子はまだ幼いせいか毒にはなってないみたいだ。それが、娘と同化して過剰に期待し、支配していることに気づいてなくて、愛人の情報まで共有するなんてのは思春期の娘にとってはかなりな毒だろう。

ティンヤが温めて孵化した巨大な鳥(名付けてアッリ)は、もちろんティンヤの分身だ。ティンヤの野生であり自然な心が具現化した生き物だ。幕切れは、よい子のティンヤが死んで野生のアッリがティンヤの姿を得た。そして、ここから後編の始まりだ。母とティンヤ(アッリ)の思春期壮絶バトルが繰り広げられるだろう。あの母親と、アッリだったティンヤだから殺し合いになりかねない(^_^;。ちょっとコメディタッチにしたらどうかと思うが、あまり争う話は見たくない。アッリは鳥だったんだから翼があるだろう。さっさと巣だって飛翔してくれ。飛べ、飛ぶんだティンヤ(アッリ)!
(2022/09/12 あたご劇場)