踊る人形

遅かりし、ホームズ。依頼人、死す。
ガックリきたホームズの姿を数行分拝める。
それと、英語ではアルファベットの中でもっともよく使われるのがEというのをこの短編で知った。というのは割とどうでもよくて、私がこの短編を好きなのは別に理由がある。

踊る人形は、シカゴのギャングが通信に使っていた暗号なんだけれど、その暗号文が私の元にも届いたのだ。今から36,7年前の話だ。その頃私は中学生~(笑)。ホームズ好きの友だちからホームズ好きのワタクシへ。もちろん、私は嬉々として新潮文庫を片手に暗号を解いた。残念ながら内容を忘れてしまったが、踊る人形とアルファベットの対照表を作って暗号文を作ったこと、ローマ字で暗号文を作るにしても五十音全てが使えるほど踊る人形がそろってないので苦労したこと、友だちから聞いたそんな話は覚えている。

ホームズ好きの常として(?)私もMr.スポック(レナード・ニモイ)が好きで、中指と薬指の間を開け他の指をそろえるバルカン星人のあいさつ(バルカン・サリュート)が出来るように練習したくらいだ。(実は片眉を上げるのも練習した。)先の友だちはDr.マッコイ(デフォレスト・ケリー)が好きだったので、彼女がホームズ好きというのは私の思い込みだったのかもしれない。確かトニー・カーチスも好きだと言っていたように記憶しているが、私の中ではDr.マッコイとトニー・カーチスは似ているので、好みに一貫性があると思っていた。
そんなわけで、「踊る人形」というと、その頃のことが芋づる式に思い出される。

ギリシャ語通訳

ギリシャ語通訳メラス氏が、目隠しされた馬車でどこかの屋敷に連れて行かれ、顔中にばんそうこうを貼った男性の通訳をさせられる。男性は明らかに脅されており衰弱しきっていた。メラス氏は帰宅してからもこの男性が心配で、ホームズ(と言ってもシャーロックではなくマイクロフト)に相談する。そう、事件はどうでも、マイクロフト初登場の一編として楽しい。発表順に「緋色の研究」、「四つの署名」、「冒険」12編、「回想」8編と読んできた読者は、「なになに?ホームズの兄ちゃん?」と興味津々なのであった。

ワトソンの誇張した前振りも面白く、ホームズのことを「例外的異常人間」「心のない頭脳」「知能は抜群だが人情は欠陥者」で、女嫌いのうえに友だちをつくるのも嫌がり、子どもの頃や身内の話をしないから、てっきり孤児だと思っていたと言うのである。そりゃー、兄がいると聞いたら驚くわ(笑)。ベアリング=グールドによると知り合って7年も経つのにねぇ(^o^)。

で、マイクロフトも間違いなく変人で、「ロンドンでもっとも人づきあいが悪く、もっともクラブ嫌いの人間が入っている」ディオゲネス・クラブの創立発起人の一人なのだ。ディオゲネス・クラブの安楽椅子に新聞雑誌、おしゃべり無用の静かな空間は魅力的だと思う。お茶のサービスのある図書館か、ネットカフェみたいだ。
ディオゲネスは、樽の中の仙人として知られた哲学者ということを最近知った。子どもの頃読んだ偉人伝で、アレキサンダー大王に「何か願いはないか」とたずねられて、樽の中から「ひなたぼっこの邪魔なので、ちょっとのいてください」と言ったことで好きになったけれど、名前は忘れていた。どうやら変人の代名詞みたいで、マイクロフトも「変人クラブ」を創立するとは変人を自認していたのだなぁ(^m^)。

弟の方も変人は自認しているみたいで「芸術家の血統というものは、とかく変わった人間を生み出しがちなものだからね」と兄と自分のことを言っている。ホームズ本人の弁によると、先祖は代々地方の地主だったらしいが、彼の特別な能力は芸術家の血を引いているからだろうとのことで、祖母はフランスの画家ヴェルネの妹なのだそうな。ちなみに、オラース・ヴェルネをウィキで検索すると、ホームズが血縁だと主張していると書かれている(^_^;。

ホームズによれば、マイクロフトは「ぼく以上に同じ才能を持っている」が推理は趣味で、自宅と職場とクラブの軌道を外れたことがないし、マイクロフトによれば

「ホームズ家のエネルギーは全部シャーロックがひとり占めしてしまったんですよ」(東京図書、シャーロック・ホームズ全集第8巻P208、小池滋訳)

とのことだ。

[目次]ホームズ物語

作品

東京図書のシャーロック・ホームズ全集(コナン・ドイル著/ベアリング=グールド解説と注/小池滋監訳)より、事件の起きた順番に。

カッコ内は、
数字=ホームズの年齢(定説1854年1月6日生まれ)
A=冒険(12編)
M=回想(11編)
R=帰還(13編)
B=挨拶(8編)
C=事件簿(12編)
♥=好き
ドイルNo.=ドイル自選(事件簿を除く)短編ベスト12中の順位

  1. グロリア・スコット号(20/M)
  2. マスグレイヴ家の儀式(25/M/ドイル11)
  3. 緋色の研究(27/長編/♥)
  4. まだらの紐(29/A/ドイル1)
  5. 入院患者(32/M)
  6. 独身貴族(32/A)
  7. 第二のしみ(32/R/ドイル8)
  8. ライゲイトの地主(33/M/♥/ドイル12)
  9. ボヘミアの醜聞(33/A/♥/ドイル5)
  10. 唇の曲がった男(33/A)
  11. 五つのオレンジの種(33/A/ドイル7)
  12. 花婿失踪事件(33/A)
  13. 赤毛組合(33/A/♥/ドイル2)
  14. 瀕死の探偵(33/B/♥)
  15. 青いガーネット(33/A/♥)
  16. 恐怖の谷(34/長編/♥)
  17. 黄色い顔(34/M)
  18. ギリシャ語通訳(34/M)
  19. 四つの署名(34/長編/♥)
  20. バスカヴィル家の犬(34/長編/♥)
  21. ぶな屋敷(35/A)
  22. ボスコム谷の謎(35/A)
  23. 株式仲買人(35/M)
  24. 海軍条約(35/M/♥)
  25. ボール箱事件(35/B)
  26. 技師の親指(35/A)
  27. せむし男(35/M)
  28. ウイステリア荘(36/B)
  29. シルヴァー・ブレイズ(36/M/♥)
  30. 緑柱石の宝冠(36/A)
  31. 最後の事件(37/M/♥/ドイル4)
  32. 空き家の冒険(40/R/♥/ドイル6)
  33. 金縁の鼻めがね(40/R)
  34. 三人の学生(41/R)
  35. 一人きりの自転車乗り(41/R/♥)
  36. ブラック・ピーター(41/R)
  37. ノーウッドの建築業者(41/R)
  38. ブルース・パーティントン型設計図(41/B)
  39. 覆面の下宿人(42/C)
  40. サセックスの吸血鬼(42/C)
  41. スリークオーターの失跡(42/R)
  42. アベイ農場(43/R)
  43. 悪魔の足(43/B/ドイル9)
  44. 踊る人形(44/R/♥/ドイル3)
  45. 退職した絵具屋(44/C)
  46. チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン(44~45/R/♥)
  47. 六つのナポレオン(46/R)
  48. ソア橋事件(46/C)
  49. プライアリイ・スクール(47/R/ドイル10)
  50. ショスコム・オールド・プレイス(48/C)
  51. 三人ガリデブ(48/C/♥)
  52. レイディ・フランセス・カーファックスの失跡(48/B)
  53. 有名な依頼人(48/C)
  54. 赤い輪(48/B)
  55. 白面の兵士(49/C)
  56. スリー・ゲイブルズ(49/C)
  57. マザリンの宝石(49/C)
  58. 這う男(49/C)
  59. ライオンのたてがみ(55/C)
  60. 最後の挨拶(60/B)

BBC「シャーロック」

その他

まだらの紐

ドイル卿の自選短編ベストワンに輝く「まだらの紐」。読者の評価もかなり高い。私もとても面白いと思っている。ヘレン・ストーナー嬢が事件の依頼をして帰った後、その義父のロイロット博士が乗り込んできて「係わると、こうだぞ」とばかりに火掻き棒を素手で曲げて行ったのを、ホームズが反対に曲げてもどすのも可笑しい(笑)。ただし、事件そのものは薄気味悪くて苦手なのだ。紐の正体も正体だし(^_^;。

ホームズのセリフ「紐だ!まだらの紐だ!」の最初の「紐」に「バンド」とふりがなが振られているのがありがたい。バンドには紐と群(どちらの意味も日本語として使われている)という意味があることから、ストーナー嬢とロイロット博士が暮らす屋敷の庭先にジプシーがたむろしているという描写は、ホームズと読者を(ジプシーの一群が怪しいと)ミスリードする作用があったと推測できる。

それにしても娘が結婚するとその財産を使えなくなるので、結婚阻止のために殺すとは酷いものだ。
「花婿失踪事件」では、義父が変装し、娘と婚約して他の者と結婚させないよう仕組んでいた。「ぶな屋敷」では実の娘に財産があり、娘に恋人ができると監禁し、娘のそっくりさんを雇い恋人を追い払わせていた。